20210214

「50 いまの経済をつくったモノ」 ティム・ハーフォード

 ~最終回~

 

<概要>

 50の発明と,それらが与えた世界経済への影響,今日のイノベーションとの向き合い方

 

1)発明は,発明したら終わりではない

 「単純なもの」の発明は,優れた効果を発揮する。それは「車輪」のような発明だ。車・自転車・列車の他,洗濯機のドラムやPCのクーリングファンのように,車輪は見えるところ,見えないところ,で広く使われる。

 紙は,情報の伝達という点で,車輪のような発明だ。インデックス・ファンドにおけるインデックス,つまり指標も同様だ。S字トラップと呼ばれるS字にカーブした配管は,排水における匂いや逆流という課題を解決しているが,その構造自体は単純だ。

 紙幣と貨幣との違いは,比喩としての車輪の視点で語れるし,コンクリートや保険も同様だ

 

2)発明の教訓

 発明というものには,表裏の面がある。発明の物語は,完全にバラ色ではないのだ。ただ,想像力・創造力を最大限発揮すれば,問題解決の可能性は高まる。一方で,どうすれば恩恵が最大化され,リスクは最小化するか,問いかけることは必要だ。

 発明は特定の課題解決の努力の積み重ねの結果だ。諸刃とも言えるリスクを高める面もある。ただ最大の課題は,勝者を生めば敗者も生む,という点だ。発明,つまり技術革新は,それを実際のものにする面がある。

 それでも発明は,私たちの生活を大きく改善する。たとえば電球のように

経済とは,人々の日々の意思決定の積み重ねと言えるのだから,大きな視座からの検討と貢献が重要なのだ。

 

 

<ひと言ポイント>

 「自分ファースト」の意味

 

 本書が指摘するように,発明,つまり,技術革新には,あります。言い換えれば,功罪。ただそれは,発明の世界の話に限られたことではないはずです。物事にはすべて,表の側面と裏の側面とがある。

 だとすれば,1つだけ確実に言えることがあります。それは,功罪が必ずあるのなら,功が大きくなるような判断を積み重ねていくべきだ,ということ。だって,みんな幸せになりたいのですから,罪が大きいことをやるのは,それこそ罪です。

 

 その時押さえておきたいのは,「社会は,社会全体でのプラスを大きくしようとする」という点。つまり,「あなた個人,私たち一人ひとりにとってはマイナスの判断が,社会全体ではプラスなのかもしれない」ということです。

 

 社会全体での功と,個人の功とが対立する時,社会全体では,社会全体での功を優先することになる。つまり,個人にとってはマイナスです。それが嫌なら反対の意思を示す必要がある。ただ,そこでは何らかの正当な理由が必要になるはずです。「私が損するから」は,1つの,そして,最大の理由だとは思うのですが,そのままでは社会全体が動かないでしょうから。

 

 利用できるものの1つは,データであり,論理なのだと思います。他者をできるだけ多く説得したいから,です。ただそれ以上に大切なのは,「意思」なのではないかな,と私は思います。「みんながこう言っているから」ではなくて,自分なりの根拠というか考えというか,「こういう姿を目指したい,なりたい」という考え。

 

 そして,そんな「なりたい姿,目指したい姿」こそ,「自分を出発点にして考えた方が良いもの」だと,私は思っています。「自分がこうありたい,こうなりたい」から始める。「社会はこうあってほしい」ではなくて。「自分がこうありたい,これを目指したい。だから,社会のしくみとして,こうあってほしい」という順序。

 だから,「自分ファースト」の冠は外さないのです。小池さんが好きだからではなくて・・・(苦笑)。


 20210207

「50 いまの経済をつくったモノ」 ティム・ハーフォード

 ~第6回~

 

<概要>

 50の発明と,それらが与えた世界経済への影響,今日のイノベーションとの向き合い方

 

1)発明は,発明したら終わりではない

 発明には,需要主導型もあれば,供給主導型もある。また類推型と言えるようなものものある。しかし,いずれにしてもその多くは,発明したらそれで終わりではなく,乗り越える必要のある壁が存在するのだ。

 iPhoneは,政府系機関が巨額の資金を投じた多くの発明なども含め,1つのものとして結集されているという側面がある。ディーゼルエンジンは,輸送コストがもっとかかるもの,つまり,体積がもっと大きければ台頭しなかったはずだ。時計は,標準が必要とされない狭い世界であれば,利用されることもなかった。電池やプラスチックなども含め,その普及には乗り換える必要のある壁があった。

 それを乗り越えるとき,市場の原理,つまり,アダム・スミスの言う「見えざる手」が機能する場合もあるが,「政府」がその大きな役割を果たす場合もある。だが,市場に失敗があるように,政府の失敗,つまり,規制が失敗することもある。

 銀行は,市場の債務債権のやり取りニーズが生み出したが,その本質が信用取引である以上,なくならないし,モバイルマネーなどの新しい形を生むものでもある。ただ,その健全性の担保は必要であり,だから規制が必要ではあるが,そのあり方に対する答えは見つかっていないと言える。タックスヘイブンなどは,その1つの課題とも言える。

 いずれにもトレードオフはつきものだ。有鉛ガソリンは,環境に悪い面もあるかもしれないが,安い分,国が貧しい段階では,その代償を受け入れる選択を,間違っていると言うことはできない。農業用抗生物質も,病原菌に効かなくなる可能性はあっても,それで生産が安定するなら,爆発的に増える人口への対応方法として間違っていると言えない面もあるのだ。

 

 

<ひと言ポイント>

 ゴールとフェーズ

 

 2021年の2月時点で,世界は新型コロナ一色,とも言えるような状況です。ワクチンの開発合戦が進む一方で,その製造上の課題なども含め,ワクチンの買い占め合戦が,国際間の大問題になっていると言えます。

 これって,どこかで見たような・・・。1年前に起きていましたよね? マスク問題。「懲りねえなあ」と思うのは,私だけ,なんでしょうか? 医療体制の問題も含め,見通しが楽観的過ぎると言いますか。

 

 それはさておき,物事には「トレードオフ」がつきもので,その時,「どちらを優先,選択するのか? 判断する」のが,政治の役割であり,「前提となる方針を示す」のもまた,政治の役割なのではないか,と,私は思います。

 

 現実問題として,「あちらを立てれば,こちらが立たず」という状況は,さまざまな場面で起きる。その問題のレベルはさまざまではありますが,「どちらも手に入れたいんだけど,1つしか手に入らない。あなたはどちらを選ぶ?」という問題は,子ども時代から経験しています。

 

 たとえば,「ゲームをしたい」というとき,ゲーム機本体を買うのか,ソフトを買うのか,別の媒体としての何か,たとえば,スマホやPCを買うのか,はたまた,トランプのようなものを買うのか。そして,考えるはずなのです。「今,どれを選択するのが得なのか?」

 

 どれが最適な選択なのかは,そもそもの目的によって変わるはずですし,段階によっても変わるはずです。つまり,目指すゴールとそのフェーズによって選択が変わる。「みんながやっていることをしたい」なら,まずはゲーム機本体を手に入れ,次の段階でみんなと同じソフトを買おう,と考えるかもしれない。既に本体を持っているのなら,ソフトを買うのだけれど,「違うことをやって,先んじよう!」と考え,別のゲームソフトを買ってうまくなっておく,という方法も選択できる。子どもたちの世界のルールを変えること,を考えるなら,トランプの方がいいのかもしれないし,PCの方がいいのかもしれない。

 

 さまざまな判断をしていこうとするとき,このトレーニングは欠かせないと思うのですが,もしかしたら,私たちにはそのトレーニングが足りていないのかもしれません。そして,実は政治家の方々には,もしかしたらそのトレーニングが最も不足しているタイプの方々が多いのではないか? と,思ったりもします。ナゼか? だって,ゲーム機本体も,ソフトも,トランプも,全部与えられてきた可能性が高いのではないか? と推測されるから。

 

 だとすれば,見通しが楽観的に過ぎるのもうなずける面もある。もちろん,政治家全員がそうだということではありませんので,その点は決してお間違いいただきたくはないのですが・・・。


 20210131

「50 いまの経済をつくったモノ」 ティム・ハーフォード

 ~第5回~

 

<概要>

 50の発明と,それらが与えた世界経済への影響,今日のイノベーションとの向き合い方

 

1)強力な発明は,他の発明も開花させる

 発明の中には,他の発明を開花させる「メタメディア」とも言えるものがある。アイデアを保護する,商用化する,秘密にするといったものだ。

 たとえば,そもそも文字は,会計帳簿作成の必要性により生まれた。見知らぬ者同士の債務関係に対処する必要があったからだが,それは必要不可欠なものとなっている。公開暗号方式は,インターネット上の秘密のやり取りを可能にしたが,それは大きな素数の掛け合わせで求められる半素数から,元の素数に分解することの難しさを利用したものだ。

 複式簿記は不正会計の防止と発見に役立ち,有限責任株式会社は,巨額が必要なインフラ投資を促した。米国のダグラス・スティーガル法は,取引に関する財務調査を独立した第三者に委託することを義務化したが,その結果,その立場としての経営コンサルタントを生んだ。

 知的財産は,高価格が維持されることになり,世間一般に拡散しないというトレードオフがつきまとうものの,発明者利益を生むことになった。コンパイラは,1-0データ化する技術,言語の変換技術と言えるが,この考え方生まれ,実現されたからこそ,プログラミングの庶民化,コンピュータの小型化を呼んだ,とも言える。

 

 

<ひと言ポイント>

 How to start a movement

 

 私の大好きなTEDのプレゼンに,「How to start a movement」があります。この動画は,以前,この場でもご紹介したように思いますが,ムーブメント,つまり,流行が,どのように起こるのかを表現したプレゼン動画です。新型コロナの感染拡大が,どのようにして起きたのか,あるいは,昨今の音楽等の流行が,どのようにして起きているのかを,理解できるのではないかと思います。

 

 また,始まったばかりの通常国会で議論されているような過料刑では,新型コロナの感染拡大の抑制に,それほどの効果がないのではないか? と私が思う理由や,「時短営業には協力はできないけれど,それは背に腹は代えられない,というだけで,協力を初めから拒否しているわけではない」というお店に「やってもらえれば効果が出るのではないか」と,20210131のコラムでアイデアを出している理由も,理解いただける面があるのではないかと思います。

 

 今回扱っている本書が伝えることの1つは,発明は社会に変革をもたらす,ということです。しかし,発明が発明足るには,さらに必要なことがある。それは,そのアイデアを形にする人や技術が必要であり,また,それを市場に拡散する人や技術が必要だ,という点です。後者は,ある属性内にしかなかった情報を,別の属性に橋渡しをする存在が必要になる,ということですが,ではその橋渡し足りえる存在とは,一体どんな存在なのか?

 

 ITメディアが「最適化」と呼ぶ技術,つまり,「興味がありそうな情報を,スクリーニングして提示する」技術には,私は大きな欠陥があると思っています。それは,特定の物事に関する情報の深まりはあるのかもしれないが,それ以外の情報との接点を奪う,という欠陥です。自分が何等かをきっかけとして,それに気づかない限り,「知らない情報」との接点を持ちようがない。

 

 それに気づいている方は,「いかん,その幅を広げねば」と考え,結果,いわゆる「教養」を身につける動きをする。けれど,それに気づかない方もたくさんいるのだとしたら,「強制的に届くしくみ」を作る,あるいは,それを必要とする機会をつくるしかない。そのような役割を担えるのは? 私は,「背に腹は代えられないから,時短営業には協力はできないけれど・・・」というお店のような存在なのではないか,と思います。


 20210124

「50 いまの経済をつくったモノ」 ティム・ハーフォード

 ~第4回~

 

<概要>

 50の発明と,それらが与えた世界経済への影響,今日のイノベーションとの向き合い方

 

1)革命的な発明が,革命をもたらすには,信用・信頼が必要

 発電機は革命的な技術だったにも関わらず,その当初から生産性の向上をもたらしたわけではない。そのテクノロジーに,あらゆる考え方・行動・環境を適合させる必要があったからだ。つまり,蒸気機関で必要なものを中心の考え方から転換する必要があったのだ。それは,既存のインフラの廃棄が必要になることも意味するが,それに抵抗があるのは当然の面がある。

 輸送用コンテナも同様だ。船荷は安定が重要で,コンテナの発想は重要だったが,規格面での対立,陸運との連動,労働者の仕事といった抵抗がある。コンテナの場合,それをやってのけたのは,軍事。つまり,ベトナム戦争における兵站不足への対応だった。

 つまり大事なのは,労働力・規制・税制・賃金相場など,生産効率を最大限高める条件がそろう状況や立地を見つけることだとも言える。

バーコードなども同様だが,これらは,単にコスト削減のツールなのではない。本当に重要な発明は,パワーバランスを変えるものであり,効率化できるビジネスの種類を変えることになる。これは,グローバル資本主義の持つ,冷酷な力の象徴とも言える。

 コールドチェーンは,物資移送で居住エリアを拡張させた。エレベーターは空間を縦に拡張することを可能にしているが,そこに必要だったのは,信用であり,信頼だ。タリースティックや債券,小切手などは,お金とは信頼であることを如実に示し,ビリーブックケースが愛用されるのは,「品質と安さの追求がくり返されている」との信用・信頼があるからでもある。

 

 

<ひと言ポイント>

 信用・信頼をつくる1つの意味

 

 革命的な発明は,革命的であるが故に,他者がそれを理解するのは難しい面があると思います。目に見えて存在するものではないのですから,当たり前と言えば当たり前です。だとすると,それが周辺にどのような影響を与えるのか,ということを理解するは,さらに難しいのは当然のこと,とも言えます。

 

 「理解が難しいこと」なのですから,実際にそれを理解できる人は,それほど多くはないはずです。だとすると,数少ないそれを理解できた人に,その価値も理解してもらわないと,革命的な発明は実現しないことになる。

では,どうするか?

 

 そのアプローチは,大きく2つあると思います。1つは,その価値を理解してもらえるよう,さまざまな説明を試みる,というアプローチです。そして,もう1つのアプローチ,それは,その他の面で信用してもらい,信頼してもらっていることを使って,「その価値の本当のところは理解できないのだけれど,あなたの言っていることだから,信用する」という答えをもらうアプローチです。

 

 後者のアプローチは,銀行の融資判断のアプローチと似ているのかもしれません。「彼は,過去に,これだけ融資したけれど,それをしっかりと返済できている。追加融資する内容は,実際はよくは理解できないけれど,でも過去にしっかりと返済してきたのだから,追加融資しても,同様に返済するはずだから,追加で融資する」。

 

 地道に信用と信頼を積み重ねる意味は,将来本当にやりたいことが出てきたときのため,あるいは,すでにやりたいことがあるけれど,今時点では着手できず,それでも将来必ずやりたいから,なのかな,と思います(文章にすると,なんだか難しいですね・・・)。


 20210117

「50 いまの経済をつくったモノ」 ティム・ハーフォード

 ~第3回~

 

<概要>

 50の発明と,それらが与えた世界経済への影響,今日のイノベーションとの向き合い方

 

1)発明は,暮らしを一変させる

 粉ミルクと冷凍食品は,それぞれ母親のあり方を,主婦のあり方を変えた。男性の育児・家事を可能にし,エリートたちの文化を変えた。ピルはその両方のあり方を変え,社会のあり方を変え,経済革命の火付け役にもなった。女性の意思で妊娠・出産をコントロールできるようになり,自分のキャリアに投資できるようになったからだ。

 ビデオゲームは,人々に条件反射を促すことになった。それは,スマホチェクと同様のものであり,既に巨大産業となっている。それはユーザーを拡大しただけなのではなく,ヴァーチャルな世界が仕事を産んだということでもあり,失業しても「ゲームができるから幸せ」と,幸福度が上がるほど魅力的なものにもなった。

 マーケットリサーチは,ビジネスアプローチを変え,空調は,人々に快適さをもたらすだけでなく,居住エリアの拡大・発展をもたらしている。ただそれは,物理的な変化のみではなく,考え方,とらえ方の変化を促してもいる。たとえば,都市型デパートの誕生は,「購入が前提」だった場から,人が集まる場に変えた。「滞在時間が長ければ,購入が増える」ということだが,以前の考え方はそうではなかった,ということでもある。

 

 

<ひと言ポイント>

 はじまりは,いつも一部

 

 本当にイノベーティブな発明は,暮らしを一変させること,を,本書の数々の事例は示しています。ただその変化は,一瞬にして起きたものではないこともまた,事実だと思います。ある特定の人たち,あるいは,ある特定の業界などで起きたことが,その他に移植され,同様のことがそこでも起きるから,時代の潮流になる。それはやがて当たり前のことになり,文化として根ざすことになる。要は,相応の時間がかかる,ということなのだということです。

 

 1月17日は,阪神淡路大震災が起きた日なので,まだ,記憶しやすい日ではあるかもしれませんが,5年前の今日,起こったことを思い出すことができる人は,それほど多くないのではないか,と思います。少なくとも私は,ダメ,です。全然覚えてない。4年前は,実は振り返れるのですが・・・。さらに,その時と今との違いを語れる人は,もっともっと少ないはず。そう考えると,そういう違いに敏感であること,あるいは,そういう違いを振り返れることが,イノベーションというものを生む,ひとつの要件になるのかもしれない。。。 

 

 新型コロナ禍という黒船は,多くの人にインパクトを与えている。だから,世の中を一気に動かす力が大きい。その意味で,今という時代は,誰もが変化に気づきやすい。チャンスなのだとは思いますが,ただそのチャンスは,本当に一瞬でしょうし,競争相手も多いということでもある。準備ナシ,で,勝てる確率は,どうしても低くなりやすい。

 

 でも,このようなチャンスは,残念ながら(?)すぐにやってくると思います。

 

 「いざ,その時のために,今,できること」は,たぶんあります。たとえば,日記などはその1つでしょうし,ムーブメントを共に起こす仲間もづくりもその1つ。そして,知識の幅を広げ,深め,その本質を切り取り,自分が生業とする領域に転換するトレーニングをすることも,その1つだと思います。

 

 はじまりは,いつも一部。1つを始め,それを続けることから,何でも始まるのだと思います。


 20210111

「50 いまの経済をつくったモノ」 ティム・ハーフォード

 ~第2回~

 

<概要>

 50の発明と,それらが与えた世界経済への影響,今日のイノベーションとの向き合い方

 

1)発明は,勝者と敗者を生む

 パスポートは本来不要なはずのものだ。しかし,第1次世界大戦が,それを許さなかった。安全保障上の理由が優先されたのだ。平等と言いつつ,生まれた国による差別が存在する1つの原因とも言える。また,本来なら移住の増加は,元の住民の6分の5を豊かにする計算になるが,それは6分の1が敗者となることも意味する。

 同様に,蓄音機の発明は,トップアーティストの作品をどこでも,誰でも聞けるようにした一方で,中堅以下のアーティストを淘汰することになった。また,柵で囲うという物理的な環境をつくった有刺鉄線は,私有財産権を生んだ。つまり,発明には勝者総取りを生み,自分のスキルは変わらなくても,稼げなくなるという面があるのだ。

 さらにグーグル検索には,価格透明性,ロングテール効果,時間節約効果がある一方で,広告問題や非公開のグーグルの判断基準が敗者を決めるという功罪がある。つまり発明により,勝者と敗者とが恣意的に決められる面があるということだ。「評判という資本が,クレジットスコアよりも重要視される可能性がある」との見方があるのは,市場は信頼で成り立つからだし,マッチングが成立する背景でもあるが,それは発明が生んでいるものととらえることもできる。

 一方,総量を変えることなく,1人当たりの取り分を変換,格差を抑制する効果がある福祉は,老後期間の増加やグローバリゼーションにより行き詰まりを見せている面がある。人は労働により生計を立てるという前提で経済は動いてきたが,ロボットは5年ごとにほぼ倍になる程度で生まれている。つまり,ロボットが労働を代替えするなら,福祉国家は再構築が必要だということになる。ただロボットは,実は考えるテクノロジーの方が,技術的な面よりも進化している部分がある。だとすれば,ロボットの頭脳を使って人間が行動するという考え方もできるのかもしれない。 

 

 

<ひと言ポイント>

 趣味を使ってトレーニングする

 

 この年末年始,振り返りをしたこともあり,自分の頭の中を組み立て直している面があります。そして今,「少し歴史を学ぶ必要がある」と,思っています(他にも学びたいことは複数あるのですが・・・)。

 

 歴史を学ぶ,と言うと,何だか教科書の学び直しや,年号を覚えるようなことを思われたりするかもしれませんが,そういうことではありません。ある出来事が起きたとき,その前に何があったのか,その出来事の後,どうなったのかという文脈を学びたい,と考えているのです。その中で,教科書を学び直す場面も出てくるかもしれませんが。

 

 その意味で,本書は多くのヒントを与えてくれています。ただ,歴史を学ぶ際には,もっと自分の趣味的なものでも良いのではないか,とも思っています。

私の場合で言えば人気スポーツの変遷と社会環境との関係,あるいは,ヒットした音楽と社会情勢との関係といったものです。

 たとえば,すでにサッカーJリーグが誕生して30年近く経っているわけですが,それ以前のプロスポーツと言えば野球やゴルフ,格闘技ぐらいだったのではないかと思います(たぶん,ですが・・・)。では,スポーツは,どんな順にプロ化していったのか? その背景と考えられる社会はどうだったのか? あるいは,1970年代に,「Hotel California」という大ヒット曲が誕生しているのですが,その歌詞は,今のアメリカを指摘するようなもので,かなり強烈。そんな曲が誕生したのはナゼなのか? その後ヒットしたのはどんな曲で,それはどんな流れでヒットしたのか?

 

 いずれも,事実はともかく,まずは知っていることを踏まえて,歴史上の文脈として仮説を立てる。(だからまったく知らない分野では都合が悪い。仮説を立てようにも,立てられないですから・・・)そして,その仮説を検証してみる。つまり,事実を集めて,仮説の誤りを修正するということです。そんなトレーニングを続けると,長い目で見たときに事実のとらえ方が鍛えられ,ふとしたときのアイデアにつながるのではないかと考えています。


 20201220

「50 いまの経済をつくったモノ」 ティム・ハーフォード

 ~第1回~

 

<概要>

 50の発明と,それらが与えた世界経済への影響,今日のイノベーションとの向き合い方

 

1)プラウは,社会のあらゆるものを変えた

 人類のほとんどは遊牧民だった。食料を求めて移動したのだ。しかし,乾燥化の進行で,食料としていた動物や植物が絶滅していくと,食料が不足するようになった。すると,肥沃な土地に人が集まるようになる。その土地に住めば,食料を得ることができたからだ。ただ,肥沃な土地は限られる。そこで生まれたのがプラウだ。土地を耕すことで,その土地から食料を得るようになったのだ。

 プラウが生まれると,十分な食料を得られるようになった。すると,そこでは人が余り,文明を築く仕事に従事できるようになった。さらに食料が余ることで,権力を握る者が,その余剰分を得ようとするようになった。競争が激しくなったのだ。すると,狩猟生活時代には生まれなかった富の格差が生まれるようになる。そして,プラウ自体も進化し,それを助長していく。

 繁栄する地域が変わり,効率の追求から,個人での生産から集団での生産に移行し,それは荘園制度がつくられる要因にもなった。プラウが重い器機であったことが,男が仕事をするという形をつくり,移動しなくてよくなったことから子どもを産む回数も増えるといったように,家族の在り方も変えた。つまり,プラウは,社会のあらゆるものを変えたのだ。

 

 

<ひと言ポイント>

 たとえそれを望まなくても

 

 私たちは,日々の暮らしを「自分の生産活動」によって支えています。要は,何らかの形で働いて,稼ぎ,その稼ぎを使って生活しているということ。話を単純化してしまえば,メシをどう食うか,が,当面の課題だととらえられるわけです。

 

 同じメシを食うのなら,楽をしたいのはヤマヤマです。だから効率化できる方法を考えることになる。逆に同じ労力をつぎ込むのであれば,稼ぎを多くしたいから,工夫もするし,頭も使うことになる。そんなモチベーションを,さらにもう一歩,先に進めると,発明や,イノベーションと呼ばれるものに結びつく面があるのだと思います。

 

 ただ,本当の意味で革命的なものは,その影響範囲が「想定外」であるのかもしれません。と言うよりはむしろ,それは想像できないほど広い範囲であることを示している,と言って良い。それが,本書が取り上げている50の発明であり,その一例が,今回取り上げているプラウです。

 

 「こんなことになるのなら,やらなければよかった」と,考えることはできると思います。「今が守れればいい」のかもしれないですし,私自身,できるならそうしたい。別に競争したいわけじゃないし(苦笑)。ただ問題は,私がやらなくても,他の誰かには,その動機があるはずです。日本の中でも,格差はある。世界中で見たら,激しすぎるほどの格差があるのですから,革命的な何かを起こしたいという人は,非常に多くいるはずです。

 

 だとすれば,少しずつでも現状を変える努力をしないと,今の日々の暮らしすら維持できないことになる。明日は大丈夫でも,5年後,10年後はわからない。

私自身にイノベーションを起こせると言っているわけではありません。そんな大それたことではなく,少しずつでも成長していかないと,維持すらできないのだろうということは,個人でも組織でも同じなのだと思います。

 

 それが結果,どんな影響となって現れるのかはわかりません。それでも前に進むこと。「今日の自分は,昨日の自分より,一歩成長できたのか?」と,たとえ嫌でも問い続けることが必要なのかもしれません。


 20201213

質問する,問い返す」 名古谷 隆彦 ~最終回~

 

<概要>

 新聞記者である筆者が考える,「考え,主体性を発揮し生きる処方箋としての質問」

 

1)一応の結論を積み上げ,前に進む

 「哲学カフェ」という,対話を通じて根源的な問いについて考える会がある。参加する大学生は,「日常の付き合いの中で,生産性のないことを言うと迷惑がられる雰囲気がある」と言う。 

 実際,他者と対話するのに適した問いというものがある。それは,人によって解釈が変わる,簡単には答えの出せない問いが,その問いだ。それは,メタ認知的な問いと言えるのかもしれない。たとえば,「責任を取るとはどういうことか?」,「ナゼ,学校に行かなければならないのか?」といった問いは,そんな問いにあたるかもしれない。近づくほど遠ざかる問い,ということでもあるのかもしれない。だからこそ,本音を丁寧に拾うことが必要になる。本当の気持ちを閉ざしてしまわないように。

 原発事故のようなことが起こると,人は皆,自分のことで精一杯で,現実にとことん向き合うと,自分が壊れてしまうのではないか,と怖い。それは,人と向き合うことでもあるはずだから,人と付き合うには覚悟が必要になる,ということだ。同様に,正解のない問いと向き合うのは,自らの価値観を確立するために行うものだから,相応の覚悟が必要になる。

 それは正解がないのだから,「一応の結論」を積み上げ,前に進むしかない。それだけ,「質問する」ということは,他者や自分と向き合うことだから,全身全霊を注ぐべきことと言える。

 

 

<ひと言ポイント>

 百発百中は厳しいけれど

 

 「正解がない問いに対する答え」とは,当然ながら,何をやっても間違いではないということではありません。少なくとも,間違いにあたるものはある。そう考えると,正解の候補が複数あり,1つには絞り込めないことが,正解がない,ということなのだと思います。では,それでも正解を得るには,どうしたらよいのか?

 

 ここで言う正解の候補を,仮説と言い換えれば,統計学的な分析におけるアプローチが利用できるだろう,と思います。つまり,統計的仮説検定のような考え方を利用するできるのではないか,ということ。仮説を立案し,帰無仮説を棄却するか,採択するか,基準と照らし合わせて判断する,という方法を利用する,ということです。

 

 もちろんこのアプローチには限界があると思います。1つは手法としての限界です。若干専門的なので深入りはしたくないのですが,たとえば仮説を棄却するか採択するか,という基準の設定などは,恣意性がないとは言えない面もあります。

 またそれ以上に,「得られた結果をどう利用するか?」は,それこそ判断・決断なのであって,白黒はっきりとした正解を提示してくれるわけではない,という点は,正解を得たい立場からするなら,「悩みごとが増えるようなもの」なのかもしれません。

 

 それでも,私が統計学的なアプローチを利用できると考えるのは,少なくとも仮説の誤り自体は消していくことができるからです。つまり,正解候補を絞り込んでいく,正解の確度を上げていくようなアプローチ,と言えるかもしれません。

 

 間違っていることをいくらやっても,正解を得ることはできない。だから,正解候補を絞り込む。それをくり返していくことで,長い間の人生の中で,TOTALで勝ち越す。それが,私たちが自分の人生で成功するためにできることの1つなのかもしれません。


 20201206

質問する,問い返す」 名古谷 隆彦 ~第5回~

 

<概要>

 新聞記者である筆者が考える,「考え,主体性を発揮し生きる処方箋としての質問」

 

1)主体性に必要となる,内発的動機

 自分が選んでやっていることには,ある種の責任が伴う。その意味で必要なのは,知識やスキル以上に,「情熱」に代表される,内発的な動機だ。

 価値観は,時代とともに変化する。しつけの範囲を超える社会規範にあたるものが,一定程度必要であるとするなら,その答え,たとえば道徳教育の在り方などは,みんなで考え続け,見出すしかないことになる。怒られるから,褒められるから,といった外発的な動機では,形式的なものにしかならない可能性があるからだ。また,同調圧力が支配する集団の中で,そこに与しないとするには,勇気がいることでもある。 その時にも,内発的な動機が必要になる。

 小学校高学年の道徳の副読本に「手品師」という素材がある。子どもとの約束を守るか,人生のチャンスを取るかの選択を迫る素材であるが,ナゼ二者択一で考えなければならないのか? 両方を実現する手段を考えないのか? 二者択一の問題にしてしまったとき,「正解ありき」になってしまうのではないか?

 「主体的な学び」を第一の目的とするなら,普段から,このような仮定の質問に答える訓練をし続けることが必要であり,それこそが,道徳教育の在り方なのではないか? 

 

 

<ひと言ポイント>

 「トライ&ラーン」に必要な力

 

 世の中にはさまざまな課題があります。そして,企業も個人も多かれ少なかれ,その課題を解決することで,お金をいただいている。

 課題解決の方法が既に作業化されているものについては,「解決できる範囲」と「さばける物量」が,評価のポイントになると考えられます。「答えがあるから」です。これまでの社会的な評価や,企業における評価は,それでよかったのだと思います。

 

 一方で,SDGsに見られるような課題の解決となると,そうはいかないはずです。

 確かにありたい姿,目指す姿は明らかなのかもしれません。しかし,その具体的な方法については,技術的な面なども含め,不確定要素が多い。課題解決の方法が明らかでないものもあれば,それが明らかではあっても,作業化できるレベルには至っていないものもある。つまり,いずれの場合でもトライ&ラーンが必要だと,とらえることができる。

 

 では,トライ&ラーンに必要なのものとは何なのでしょうか? 

 それは,「仮説・検証をくり返すために,必要となる力」と言い換えることができるのではないか,と思います。「そもそも仮説立案と検証を行うとは,どういうことなのか」というベーシックな知識,その際に利用できるデータ活用力や,統計を適切に解釈できる力,他者にその解釈した結果を伝える力,そして,「試行から学び,それを活かす」力,「それを,根気強くくり返す」力,などなど・・・。一人ひとりは,そのような力を磨いていくことが必要なのだと思います。

 

 一方で,そのような力を持つことや伸ばすことが尊重され,評価される世の中であることが必要なのではないか,と思います。それは,企業の評価においても同様です。

 

 そう考えると,企業の評価制度は,その多くが抜本的に見直す必要に迫られている,と私は思います。たとえば副業を推奨する制度を導入する企業が増えていますが,背景にあるものを踏まえて制度を導入する企業と,そうではない企業とがある。

 

 それを見極めるには,たとえば,どんな力が求められているか,それはどう評価されるのか,しくみとしてどのように反映されているのか,といった質問を,実際にしてみればよいのだと思います。 


 20201129

質問する,問い返す」 名古谷 隆彦 ~第4回~

 

<概要>

 新聞記者である筆者が考える,「考え,主体性を発揮し生きる処方箋としての質問」

 

1)主体的な学びに必要なこと

 主体性の育成に,さまざまな取り組みがされている。学び合いやアクティブ・ラーニングの授業はその1つだ。そこでは,まず他者に納得してもらうために,理由を説明しようとする姿勢が芽生えることが期待されている。このような授業に反発する保護者は,「ナゼ,出来る自分の子どもに,出来ない子どもの面倒を見させるのか」と言うが,実際には,知識の定着という面でも得している面もある。実際その中で,定着力がアップしていることも確認されているのだ。

 またそれは,「良きメンターとは何か?」を理解する上での重要な示唆に富む。自分を自分の外から客観的に見るようなメタ認知の力は,能力向上に非常に重要な能力だが,多くの子どもたちは,学びの中での「わからない」について,「何が分からないのか,わからない」という事実がある。教師は,その「わからなさ」を,的確に理解するのが難しいと考えられる。そこで,昨日までわからなかった人が持つ「わかった感覚」を利用するのが,学び合いやアクティブ・ラーニングであり,それが良きメンターの要件ととらえることができるということだ。

 アクティブ・ラーニングは,その手法が注目される面があるが,その本質は,いかにアクティブ・ラーナーをつくるか,ということである点を,忘れてはならない。

 

 

<ひと言ポイント>

 できないことを自覚するには?

 

「自分ができることをやる」と言うと,本当はできるはずのこともやらなくてよい,というように聞こえる面があるようです。実際,そのようにとらえているのではないかと思う人に,たくさん出会うからなのですが,皆さんはいかがでしょうか。

 

 例えば勉強で言えば,不正解だったものを正解にできるようにならないと,成績が上がることはありません。つまり,できないことをできるように努力することが必要なわけです。

 もちろんそこには限界もある。非常に高等な数学を,一般の人が理解し,使いこなせる必要があるかと言われれば,そんなことはないはずです。それを理解しようとがんばるぐらいなら,できること,たとえば,今自分がしている仕事をがんばれば良い。つまり,自分ができることをがんばることになる。

 

 今,140キロの球を打てる野球選手がいたとき,その選手がいくら140キロの球を打ち続けても,それ以上の球速の球を打てるようには,なかなかならないのかもしれません。150キロの球を打てるように,160キロの球を打てるように,と,「できることのうちの,できないことを,できるようになる努力」が必要になる。

 けれど,本当に150キロの球が打てないとダメなのかと考えることはできる。打てなくても,出塁できる術を身につける,と考える。打つというよりは当てられる力をつければ,ファウルで粘り四球を得る,ボテボテゴロを足でヒットに変える,といった別の手段は検討できる。

 

 自分のできないことに自覚的だから,自分が努力をすべきことにも,自覚的になれる。そう考えると,他者との比較が,もっともわかりやすい,自覚の手段と言えるのかもしれません。


 20201122

質問する,問い返す」 名古谷 隆彦 ~第3回~

 

<概要>

 新聞記者である筆者が考える,「考え,主体性を発揮し生きる処方箋としての質問」

 

1)要求学力の変化

 国際比較の調査で,日本の子どもは自己肯定感が低いのではないか,と話題になった。しかし実際には,日本ではそう見えた方が生きる上で都合が良いと感じている人が多いことが原因ではないか,というとらえ方もできる。「自分はつまらない人間」と位置づけた方が,何かあったときのダメージが小さい。失敗しないように何でも整えてしまうことが,失敗が絶対悪のような雰囲気を社会で作り上げているような面があるのだ。だが,社会で求められている力は変化している。

 これまで求められていたのは,効率化を最優先として,決められた手順で速く処理する力だった。しかし,今求めらているのは,文科省が示す学力観にあるように,基礎・基本に裏付けされた,それを活用し,課題解決するための思考・判断・表現力であり,学びへの主体的な態度だ。それは,OECDがキーコンピテンシーとして提示する,各ツールを相互作用的に用いる能力,集団における人間関係形成力,自律的に行動できる力に通ずる。

 2004年の千葉県の高校入試で出題された「道案内」の問題は,自分で答えを決め,その答えとの論理的な関係や表現力を問うものだった。このような問題に的確に答えを導けるようになることが大切になると考えられている,ということだ。

 

 

<ひと言ポイント>

 仕事のアウトプットレベルを上げるには?

 

 要求学力が変化していると言われて久しくなっています。「ゆとり世代」という言葉が生まれたように,既に20年もの間,さまざまな試行錯誤がされているのは事実だとは思うのですが,それが実を結ばないような状況がある。その1つの原因は,着実な基礎・基本,言い換えれば知識とその活用力と,思考・判断・表現力とが,まるで相反するもののようにとらえられている面があるからのようにも感じます。

 

 知らないことを使って思考することはできません。と言うよりは,確かな知識があるから,思考ができる。そうとらえると,知識・活用力と思考力とは相反するものではないはずです。

 

 「調べ学習」というものがあります。あることをテーマに調べるというものですが,これを思考力を養うものだととらえる風潮があるようです。ただ実際には,調べて終わり,というものが非常に多いのも事実です。調べて入手できた情報が正しいのかの検証すらしない。調べた結果について,それが事実であるかを問わない。その根拠を問わない。

 「ナゼ?」と問われなければ,調べたものが正しいものなのだと感じるのは当たり前だと思うのです。そして,入手できた情報が正しいのならまだしも,もしかするとそれは,誤った情報なのかもしれない。すると誤った知識を定着させることにさえなる。そして,ただ調べればよい,1つ調べればよい,という行動が身についてしまう。これでは,思考どころの話ではないわけです。

 

 1年ほど前,本の執筆の関係で,ある高校の数学の授業を参観させていただきました。その先生は,問題を解く,という活動の中で,「ナゼ?」を連発されていました。その問題で問われているものは何か? その解き方をするのはナゼか? 途中の計算がそうなるのはナゼか? そうすると,その生徒は答えるわけです。これはこれを導けばよい問題だとか,こういう解き方のアプローチがあるとか,こういう公式があるから,とか。つまり,知識を活用した思考の過程を語らせる。実際,そういうことをするから,思考というものが何かをつかむことができ,今求められている主体性や,思考力というものが身に着いていくのだと思うのです。

 

 それは,企業内での教育においても同じだと思います。たとえば結果の良し悪しだけではなく,その目的や背景にあたるもの,対立する意見に何があったのかといったことを問う。そして,それを自ら行えるようになれば,仕事におけるアウトプットのレベルは飛躍的に上げられる,と私は思うのです。


 20201115

質問する,問い返す」 名古谷 隆彦 ~第2回~

 

<概要>

 新聞記者である筆者が考える,「考え,主体性を発揮し生きる処方箋としての質問」

 

1)考えるとは?

 考えるとは,賛否両論,それぞれの立場の主張について,客観的に比較し,結論を出すことだ。だが,多くの情報を前に,身動きが取れなくなり,最後は周囲の評判に頼るということは,日々の生活では起こりがち。唯一絶対の正解がない問いに答えを出すには,根気とあくなき探求心が要求されることだ。

 仏の統一国家試験であるバカロレアでは,唯一絶対の正解のない問いが出題される。特に哲学は難関と言われ,2015年には「人は自らの過去が形づくったものなのか?」という一文だけの問いが出題され,受験生は4時間かけて,この問いに向き合った。ここで発揮すべきは,論理的思考力であり,批判的思考力だ。「バカロレアでは,主体的に生きる大人になるために,知識をどう活用できるかを見ている。結論までの道筋をきちんと示せれば,知識が不足していても,合格点は得られる」ということからも,求められている能力が明確であることがわかるが,論理的思考力や批判的思考力は,企業が求める力でもあるのだ。

 

 

<ひと言ポイント>

 考える,を考える

 

 「少しは考えろ」とか,「考えた結果,こうだった」とか,「考える」という言葉を使った発言を私たちはよくするのではないか,と思います。では,「考える」とは,一体どういうことなのでしょう?

 

 皆さんは,「考えるとは何か?」と考えたことがあるでしょうか? 私自身は,支援先のスタッフの方に「考えるって,何?」と質問することがあります。すると,どうも「あてもなく,思いをはせること」を考えることだと思っている方が多くいらっしゃることに気づきます。あるいは,「独自の何かを生み出すこと」を,考えることだととらえている場合も多い。

 もちろんそれも,1つの考えるということなのだと思いますが,「その考えるは,今,この現実があるときに用が足りる活動なのか」と問われると,そうではないことにも気づくはずです。

 

 本書では,「考える」とは,「賛否両論,それぞれの立場の主張について,客観的に比較し,結論を出すこと」と指摘していますが,それは,「考えることの一部でしかない」ように見えます。

 確かに,何らかの目的があって,考えるという行動を行っているか,促されているはずです。つまり,何らかの結論を導きたいから考えるわけです。その意味では,本書の指摘は的を射ているものだと思います。

 ただ,何らかの結論を導こうとするのなら,材料が必要です。結論を出すにあたっての数字や,定性的な情報などなど,考えるにあたってのさまざまな材料が必要になる。そして,その材料を組み合わせ,ベストとは言えないまでも,ベターな結論を出すことが求められている。

 

 そうとらえると,考えるという行動には,いわゆる思考することだけではなく,情報を集めることや,その情報の確からしさを見極めることも含まれるのではないか,と考えられるはずです。同様にとらえると,目的や目標を定めることも,考えることに含まれることになる。

 

 このように見てくると,考えるとは,非常に幅広い行動を伴う活動なのではないかと,私は思います。だから,「考えろ」という指示に対しても,その途中段階で,何らかのアウトプットを示すことができるはずだ,とも思うのです。


 20201108

質問する,問い返す」 名古谷 隆彦 ~第1回~

 

<概要>

 新聞記者である筆者が考える,「考え,主体性を発揮し生きる処方箋としての質問」

 

1)採用試験のたった1問

 ある企業の採用試験では,1つの質問しかしない。それは「学生時代,何に打ち込みましたか?」。ただ,その答えに対して,深掘りする質問がされる。深掘りできるだけの知識や豊かさが面接する側にも必要だが,深掘りにより,面接を受ける側のない面がより見える。

 このような人間相手の取材は人間にしかできない。同様に,記事の価値の判断も人間にしかできない。「何がより多くの人々にとって,有用か」が,判断基準だからだ。自動運転などで必要になるモラル問題の解決なども,人間が様々な条件を検討した上で判断・決断するしかない問題だ。

このような判断には,想像力だけで対応するのは難しい。つまり,実体験が必要になるということだ。

 

2)「人それぞれ」は,思考の放棄

 純粋オリジナルは,そうそう生み出せない。大抵は既にあるものを足がかりに生まれる。先人の知恵を借りて,知的活動を効率化できるのが利点だ。一方で,たとえば学生のレポートなど,コピペの温床にもなる。そのようなコピペレポートを提出する学生は,コピペ引用する内容を理解してもいない。それ1つだけを検証することなく信じてしまうのだ。

 自分で調べる,考えるコストを省略すると,「人それぞれ」に行き着く。あるいは,自分は「思う」を多用することになる。根拠を問えていないからだ。

 

 

<ひと言ポイント>

 良い質問

 

 質問というものには,いくつかの種類があります。ひとつは,「正解は何か?」という質問です。

 

 正解のある質問というと「1+1は何?」というようなものととらえられてしまうかもしれませんが,本書が取り上げている「学生時代,何に打ち込みましたか?」というような,単一の事実を問う質問も,正解を聞くような質問と同種のものなのではないか,ととらえられると思います。

 一方で,それを深掘りする質問,つまり,「学生時代,何に打ち込みましたか?」というような質問の答えに対して,「それはナゼか?」,「どのような苦労があったか?」,「その苦労を,どうやって克服したのか? 克服しようとしたのか?」,「それは成功したのか? 失敗したのか?」,「その評価の基準としているものは,何なのか?」,そして,「その経験を通じて,もう一度同じ場面に出会ったら,どうしようと思うか?」といった質問は,正解のない質問と言えるのではないか,と思います。複数の事実をつないでいるものを問う質問と言いますか,内省を促す質問と言いますか・・・。

 

 私たちは,内省をしなくても,日々を暮らしていくことができるはずです。目の前にあることを,淡々とこなしていけば,生活はできる。そして,日々,目の前の課題を解決していくこと,それができること,それができるようになることは,それはそれで非常に重要なことでもあります。しかし,仮に解決できたことであっても,「もっとうまいやり方があったのではないか?」ととらえられれば,単に「その課題」を解決できる力だけでなく,汎用的に利用できる力として,自分の身になっていきます。

 

 これはある意味,ちょっとした工夫でできることです。でも,そんなちょっとした工夫は,たった1回の機会を複数回の機会に相当するような機会に変えていくことができるような工夫でもある。良い質問というのは,そのような1回の機会を複数回の機会に相当するような機会に変えることを促す質問なのではないかな,と,私は思います。


 20201101

「文系AI人材になる」 野口 竜司 ~最終回~

 

<概要>

 文系AI人材に必要なAIを使う力

 

1)AI企画

 「人間が想像できることは,実現できる」というスタンスに立つことが,AI企画のポイントだ。よって,小ぶりの企画にしすぎないことも大切になる。そこで企画を検討するにあたっては,どのようなものがAI企画化され,実行されているかを知ることが,そのレベル感を知る意味で役に立つ。また,実際にアイデアを100個程度出してみることも,AIの活用を検討するにあたっても役立つだろう。AI導入の実現性と,実現後の変化量を,事前に予測しておくと,着手の優先順位づけにも役立つはずだ。企画化にあたっては,5W1Hに基づいて詳細化すると良い。顧客・取引先・従業員のうち誰のための,効率化か価値向上かいずれの目的の,8タイプのうちどのタイプの,何を解決する,人間との関係がどのようになるAIで,それをいつまでに具体化するのか,を明確にすることが,AI企画で必要になることと言える。

 

2)具体例

 AI企画の具体例としては,以下のようなものがある。

 トライアルの独自生産のAIカメラ:ユーザー識別と販売促進・欠品補充の識別系×代行型のAI

 LOHACOのチャットボット:顧客からの5割の問い合わせに対応する会話系×代行型のAI

 ソフトバンクホークスのリアルタイム値付けAI:チケット需要から価格決定する予測系×代行型のAI

 富士通の記事自動要約AI:記事全文から180字以内の要約記事を作成する実行系×代行型のAI

 ローソンの新規出店判断AI:1日あたり売上高の予測系×拡張型のAI

 京東のスマート倉庫AI:全行程を自動化する実行系×拡張型のAI

 

 

<ひと言ポイント>

 データの必要性に関する感覚

 

 スポーツの世界では,以前から統計が積極的に使われています。たとえば野球の世界,特に米メジャーリーグでは,統計がさまざまな形で利用されており,1970年代にセイバーメトリクスという,アメリカ野球学会の略称であるSABRと指標を示すmetricsを組み合わせた造語が考案されたほどです。

 

 統計がスポーツで利用されていると言われた時,真っ先に思いつくのは,試合で勝つために使うというものだと思うのですが,実際には試合に勝つことだけではなく,チーム編成や球団としてお金を稼ぐ方法,つまり球団経営にも積極的に統計は利用されています。スポーツの世界は,目的を明確にしやすい,試合数が多いため多くのデータを収集できる,そして,仮説とその改善案を出しやすい,といった特徴があります。そう考えると,ソフトバンク,楽天,DeNAなど,IT関連の企業がオーナー企業になっているのは決して偶然ではないし,それらの企業が,単に企業体力があるからという理由だけではないとも考えられるのです。

 

 もっと言えば,スポーツのように統計が利用されている場では,AIの導入が検討しやすい面があるはずです。AIをつくるにあたってはデータが必要ですが,その基になるデータが既にあると考えられるからです。どんなにアイデアがあっても,データがなければAIは作れません。そう考えると,極端な話,何でもデータ化してストックしておくぐらいのことをしておかないと,効率化や売上拡大のアイデアを育てられないことになります。詳細な統計学の知識・スキルは,あるに越したことはないのですが,むしろそのようなデータの必要性に対する感覚を育てることが,今,必要なのではないかと思います。


 20201024

「文系AI人材になる」 野口 竜司 ~第5回~

 

<概要>

 文系AI人材に必要なAIを使う力

 

1)AIのつくり方

 予測系で言えば,その作成大きなプロセスは,データ作成→学習→予測の順となる。ただ,つくられたAIは,人間のような意味理解が出来ているわけではない。「この項目と,この項目が,それぞれ1と1ならこうだ」というような関係性を,確率を用いて答えを導いている。

 具体的には,企画段階で何を実現するのか目的を明確にし,目的変数と説明変数を設定,データ作成のタイミングでそれぞれに対応するデータを準備する。準備したデータについて前処理として,欠損値の対応や外れ値の除外などした後,特徴をつかみやすいようデータ間のケタ調整など行う。整備されたデータを訓練用と検証用に分け,訓練用を用いてAIに投入,必要なパラメータを得られたら,運用に乗せ,必要に応じて再学習させる。つまり,最低限をつくり,成長させていくイメージだ。

 識別系では,データ準備段階でアノテーションが追加される。会話系では,企画段階でエスカレーションルールの設計と,ルールベースのものか,学習によるものかを選択の上設計する他,データ準備段階で類語登録も必要になる。実行系では,複数のAIの組み合わせととらえると理解しやすいが,シミュレーターによるシミュレーションを可能にすることがポイントになる。学習精度を高めることが目的だ。

 

 

<ひと言ポイント>

 それが何かをよく知る

 

 本書でAIのつくり方として提示されているものは,「自分の知っているさまざまな活動」にたとえることができると思います。その中でもっとも身近なたとえの1つは,分析という活動です。

 

 勉強で成果を上げるにしても,スポーツで成果を上げるにしても,もちろんビジネスで成果を上げるにしても,分析という活動はする,もしくは,したことがあるはずだ,と思います。もちろんそれは,「うまくいった,いかなかった」,あるいは,「ホメられた,叱られた」といったような,定性的なものかもしれません。それでも何かの「原因があって」,うまくいったりいかなかったり,ホメられたり怒られたり,といった結果が生じていると考えることはできる。そして,実はそんな定性的な情報もデータとしてとらえることはできる。実際に分析すれば,その分析結果を何らかの形で残しておくことはできるし,それを試すこともできる。つまり,このような活動自体がAIをつくるということなのだ,ととらえられるようになる。

 

 すると,AIをつくるにあたって必要なものと言えば,原因にあたるデータとしての情報と,結果にあたるデータとしての情報に過ぎないことがわかります。あとは,ちょっとしてテクニカルな条件を付随させて,実際にAIのプラットフォームに乗せてあげればよい。原因となり得るデータと,結果になっているデータがありさえすれば,AIはつくれる。もちろんその精度がどの程度のものになるか,という問題はありますし,実用に耐えうるかどうかという問題はありますが。

 

 本質さえわかってしまえば,AIというものが,それほど大したものではないととらえることもできるし,データを取ることがどれだけ重要かもわかる。そして,データがあれば,「それって,AIでできないの?」と,どんなことでさえ「可能性としては」検討ができることになる。

 

 ただ,そのような見方ができるようになるには,それが結局何なのかを良く知ることが必要になる,と思うのです。そして,もしそのような見方ができるようになることが,今後の社会で私たちに求められることだとしたら,それを促す方針や戦略が,極めて重要であることもわかると思います。見方を変えるのは,非常に難しいことだからであり,行動するには仲間も必要だから・・・。 


 20201018

「文系AI人材になる」 野口 竜司 ~第4回~

 

<概要>

 文系AI人材に必要なAIを使う力

 

1)押さえておきたいAI関連用語

 次の用語は,AIの頻出用語である。

 

 学習と予測:AIにデータを与え法則を見つけさせる,予測や推論に使えるようにすること,モデルづくり

 教師有無(省略),目的変数と説明変数(省略),アルゴリズム:最適な学習のための手順や方法論のかたまり

 過学習:既知のデータに過剰に最適化し,予測・推論が当たらない状態のこと

 アノテーション:注釈・タグ付けのこと,時系列モデル:未来予測をするAIモデル

 データ前処理:学習データや本番処理データをAIが利用できる形にすること

 PoC(Proof of concept):本格開発前の実証実験を通じて,コンセプトの実現度をはかること

 ニューラルネットワーク:人間の脳に模して作られた,ディープラーニングのベース

 正解率・再現率・適合率(Accuracy,Recall,Precision):つくられたAI評価の視点

 AuC(Area under the Curve):AIがバランスよく予測できているかを測る指標

 

 

<ひと言ポイント>

 小難しい用語に振り回されない

 

 特定の分野ごとに,それぞれ使われる特有の用語というものがあります。AIに関連する用語についても,ある種特有のものがある。ただ,よくよく「それがどういうことなのか」を考えてみると,それほど大したことを言っているわけではない場合も多いものです。

 

 今回扱っている,AIの頻出用語として本書が提示しているものについても,そのままご存知のものも多いでしょうし,知らない用語でも,その意味を理解すると,自分がビジネス上理解していることと大差ないものが多いのではないか,とも思うのです。

 

 たとえば,目的変数と説明変数などは,AIに特有の用語でもなく,統計学の教科書では,いちばん最初に出てきてもおかしくないようなもの。学習と予測,教師有無も,アルゴリズムなども,既知のデータを利用してAIは作るもの,と考えれば,さまざまな領域で既に利用されているシステム等でも,同じ意味のものがあるはずです。いきなり本番導入なんてできないから,PoCなどを検討するし,その当てはまりの良さを検討しようとするから,正解率・再現率・適合率といった値が必要になる。AuCと呼ぶものも,経済学で言うところのジニ係数やローレンツ曲線などで使われているものと変わらないとも言えるかもしれません。

 ニューラルネットワークは,ここであげられている用語の中では特有と言えかもしれないですが,これであっても,その考え方自体は,脳の働きに注目したアプローチなのであって,コンセプトそのものは特に目新しいものではないわけです。

 

 私たちはこれまでの学校,職場,生活といったさまざまな場面から,さまざまなことを学んでいます。そこでの学びは,一見特有のものもあるかもしれないけれど,よくよく考えると「同じようなこと」である場合が多い。よって,言葉を覚えること以上に,その意味を考えた方が,圧倒的に本質をつかみやすいはずなのです。

 

 小難しい用語に振り回されないようになるには,自分にとっての当たり前を,一般的に使われる言葉や考え方に置き換えてみること。そう考えるとむしろ,一般的な思考のフレームなどをしっかりと学び,利用する経験を積んだ方が,新しい領域に対する理解度も,適応度も上げられるのではないか,と私は思います。


 20201011

「文系AI人材になる」 野口 竜司 ~第3回~

 

<概要>

 文系AI人材に必要なAIを使う力

 

1)教師あり・教師なし・強化,の3つの学習

 教師ありとは,正解があるデータを覚えさせる方法で,回帰や分類で利用する。教師なしとは,正解のないデータで自分で答えを探させる方法で,クラスタリングなどがある。強化学習は,反復正誤演習をくり返す中で,報酬または罰を与え,正解となる要件をAI自体が追加・拡張していくイメージになる。

 

2)活用タイプの4機能×2つの対応役割範囲=8タイプ

 AIの機能としては,識別系,予測系,会話系,実行系の4機能に分けられる。対応,役割範囲としては,代行型と拡張型の2タイプがあるから,4×2=8タイプの分類ができることになる。

 具体的な例として,識別×代行は特定ワード検閲,識別×拡張は人間ではわからない病巣の画像からの検知,予測×代行は異常値検知,予測×拡張は需要予測,会話×代行はAI音声やチャットボット,会話×拡張は多言語対応や専門家置換,実行×代行は自動運転や作業代行,実行×拡張はドローンAI制御などがある。

 

 

<ひと言ポイント>

 自分が知っていることに置き換えると,理解度が深まる

 

 何か新しいことが出てきたときには,自分が知っていることに置き換えて考えてみる,というのが,どんな学びにでも使える方法のひとつです。

 

 今回は,本書が提示するAIの分類の仕方について取り上げています。この分類の仕方について,たとえば教師あり学習,教師なし学習,強化学習という分類は,初めて聞くと「何のことだ」と思うのかもしれません。そもそもAIの学習って何だ? 教師の有無って?

 でも,よくよく考えれば,別に難しいことを言っているわけではない。たとえば私たちが学ぶときだって,正解があるものや,お手本があるものと,それがなく,自分なりに「これが正解だろう」と考えていくようなものとの,2つのタイプの問題はある。強化学習については,考える要素が不足していると間違える場合があるとととらえ,その要素を足していくようなもの,と考えればわかりやすいかもしれません。

 

 同様のことは,活用タイプ×役割範囲の8タイプについても言えます。機能の4タイプ分けがこれで良いのかは別として,私たちは情報を仕分けしたいし,情報を使って予測したい。それを使って会話をしたり,何らかの行動をしたいというニーズがある。このニーズに対応するために,どうしたらAIというものを使えるのか,と考えたいわけです。効率化が目的なら,これまで自分たちがしてきた範囲のことを置き換えたいし,これまで自分たちができなかったことを実現できるようにしたいとも考えるはず。

 

 このようなとらえ方は,何もAIに限ったものではありません。自分のことに置き換えてしまった方が,理解がしやすいし,その理解の度合いも深まる。言葉そのものの定義というよりは,言葉が表す意味して理解した方が,その本質にあたる部分のをつかみやすいし,その理解も深まる。

 

 そして理解が深まると,議論が深まることにもつながる。他者に説明もできるし,他者の説明についても,自分事として理解もしやすくなる。こういった取り組みを重ねることが,私たちが属する組織や社会に,少しずつでも変化を促す面があるのではないか,と私は思います。


 20201004

「文系AI人材になる」 野口 竜司 ~第2回~

 

<概要>

 文系AI人材に必要なAIを使う力

 

1)AIの基本

 AIの基本は3つある。分類・基礎用語・しくみだ。

 分類の仕方には3つある。1つ目は,AI・機械学習・ディープラーニングという見方。2つ目は,学習方式の3分類として,教師あり,教師なし,強化学習というとらえ方。3つ目は,活用タイプを機能と,その範囲の2つの組み合わせでとらえる方法だ。

 

2)分類1:AI・機械学習・ディープラーニング

 AIとは技術そのものである。それを実現するのが機械学習であり,機械学習の一部がディープラーニングだ。たとえるなら,AIが武士全体,機械学習は徳川家の武将,ディープラーニングは徳川家康,といった関係になっている。なおディープラーニングとは,人間の脳の神経細胞を模した学習法から発展したものである。ここでは,人が答えを与えなくても,自ら学習していくことになる。ビッグデータにより,良質かつ大量の学習データが確保できるようになったこと,マシンの高性能化により処理スピードが大幅に上がったことで,ディープラーニングが急速に拡大した。

 

 

<ひと言ポイント>

 考え方,と,技術

 

 AIがこれほどまでに発達し,今では実装されることが増えたのには,大きく2つのポイントがあると考えられます。その1つは,技術の発達です。

 

 たとえば携帯に搭載されているカメラ。ほんの少し前まで,いわゆるガラケーで撮影した写真は,「まあ,写ってるね」程度のものだったと思います。スマホで撮影した写真も,「通信がメインの機器だもの,これぐらいでも仕方ないよね」というものだった。ところが今や,「プロでもなければスマホで十分,動画も撮れるし,カメラはいらないんじゃない?」ぐらいのレベルになっている。つまり,それだけ技術が発達したわけです。小型化が進み,軽量化が進み,それを可能にする半導体なりの技術が発達した。電池容量も,データ蓄積技術も,また,そのデータを送受信する環境も,格段に上がっているわけです。

 

 ただそれだけでは,スマホがカメラに置き換わることはなかったかもしれない。「カメラを持っていなくても,いやそれどころか,他の機能も含め,すべてスマホで代用する。代用するだけでなく,今までできなかったことも,スマホがあることでできるようになる」といた「考え方」が必要だった。

 

 「いつでも,肌身離さず持つものがスマホ」というコンセプト,考え方があったから,スマホで実現できる機能が増え,その性能を高めることで,スマホの役割範囲は大きく拡大し,今ではそれを誰もが当たり前のように感じられるようになった。

 

 そうとらえると,技術だけではダメだということがわかります。「こうなったらいいな」というものが必要。それも,遠い夢の世界だけの話ではなく,昇っていく階段のイメージ,シナリオ・ストーリーが必要だし,それをマネジメントすることも必要。後者を「文系の仕事」ととらえてよいのかはわかりませんが,いずれにしても両輪が必要であるのは間違いない。

 

 そういう世界観が描けているのか? シナリオ・ストーリーが描けているのか? そして,進捗をマネジメントし,適切な軌道修正を行っているか,生じた課題の解決に取り組んでいるか? 

 

 これは,学習活動だろうが,企業活動だろうが,政治の世界の話だろうが,同じように必要なことだと,私は思います。


 20200927

「文系AI人材になる」 野口 竜司 ~第1回~

 

<概要>

 文系AI人材に必要なAIを使う力

 

1)AIによる変化

 日本人は,AIに不安を抱く人が調査結果からも多いことがわかる。たしかにAIによりなくなる仕事は多くある。一方で,AIが活用されることにより生まれる仕事も多数ある。仕事は,人間だけで行うもの,AIが人間を補助するもの,AIで人間だけではできなかったことに拡張させるもの,人がAIを補助するもの,そして,AIが代行するもの,と,大きく6つに分類できる。いずれも人とAIとの協働ととらえ,それをうまくコントロールするのが文系AI人材の仕事だ。

 

2)AIは,つくるフェーズから使うフェーズへ

 AIを作る環境は整備が進んでいる。一方で,AIを使う環境整備の取り組みはまだまだ不十分だ。AIをつくる環境は,コードベースだけでなく,GUIベースへ,さらには既に構築済みサービスを使う環境へと進行している。たとえばGoogleやAmazonは,識別系サービス,翻訳や音声化サービス,リコメンドサービスなどの提供を始めている。つまり,これらそビジネスに転用する,ビジネスプロセスに組み込む力が必要になる。

 具体的には,AIの活用,導入企画立案,導入タイプのAIの判断,現場への導入と運用定着,利活用効果の測定・評価と効率化ポイントの抽出,それら全体の方針づくりなど,「作る・システムとして構築する・システムとして運用する」理系人材ができない仕事のすべてが,文系AI人材の仕事になる。

 

 

<ひと言ポイント>

 判断するための価値基準を持つ

 

 AIにより,今ある仕事の多くはなくなる,と言われています。たとえば銀行では,これまで事務員の方がされていた仕事のうち,万単位の人員分の仕事の削減が目標とされています。それを可能にするのは,AIを含む技術の力です。つまり,これまで人がしていた仕事が失われる,ということです。

 もちろん,対象となっている仕事を今,している方々にとって,それは脅威なのかもしれません。

 

 とは言えAIを含む技術は,人間のために開発されているものです。仕事を奪うために開発されているわけではありません。つまり,今,対象となっている仕事をしている方にとっては,その仕事をしなくて済むようになる機会,ともとらえられる。

 

 本書が指摘するように,AIは既につくる時代から,使う時代へと,そのフェーズを移行しつつあります。その中で生まれる仕事は数多くある。それをしたいか,したくないか,は,人それぞれなのかもしれません。ただ,そういったフェーズにあることは,自覚した方が良い。

 

 仮に使う側の人財になるとしたとき,当然,機能面の問題から,スクラッチで構築するしかない,と判断することもあるでしょう。一方で,一般開放されているサービスで機能面は十分満たしているとした場合,どのサービスを利用するのか,判断する場面も出てくる。もちろん,費用や使い勝手などの面もあるのでしょう。ただそれだけではなく,サービスを提供している企業が,どのような思想で,つまり,どんな価値観の下でそのサービスを提供しているのか,も判断基準になってくると思うのです。たとえば,SDGs的な視点を持っている企業なのか,そうではないのかといったことを,判断基準の材料とするのか,しないのか。

 

 これからの時代で必要になるのは,その判断のための,自分や自分たちのブレない基準なのではないか,と思います。技術やサービスは陳腐化が避けられません。そのスピードは,今後さらに早まるはず。そのような事情からも,その瞬間,瞬間を的確にとらえ,瞬時に判断することが重要になる。そう考えると,判断の基準にあたる価値基準を持っていることは,大きな強みになると思うのです。


 20200920

「1兆ドルコーチ」 エリック・シュミット, ジョナサン・ローゼンバーグ, アラン・イーグル ~最終回~

 

<概要>

 シリコンバレー中の経営者のコーチだったビル・キャンベルに学ぶコーチの在り方=WhatとHow

 

1)ビジネスに愛を持ち込む

 人の持てる能力をチーム力として最大限発揮させるには,チームへの愛が必要だ。それは,ひとつには,現場が高いレベルで業務遂行力を発揮することを愛するということであり,現場の人々を愛するということだ。ただそれだけでは不十分だ。一方で,創業者が描いたビジョンを愛するということであり,創業者を愛するということが,過去,現在,将来をつないでいくのだ。

それが具体的な形となって現れるものの1つが叱責だ。叱責とは,そこに愛があることが前提の行為だ。

 他にも,自分たちがやる意思を持ったこと,つまり,意見をすべて出し尽くし,その中での最善だと決めたことについて,それを仲間が本気でやろうとしている時,それを目に見える形として応援の態度を示すことも,愛の表現の仕方の1つだ。ビルが,取締役会での「5回の拍手」という形で示したように。

 

2)成功のものさし

 企業が成功するには,コミュニティとして機能するチームが欠かせない。しかし,有能で野心的な人々の集まりであればあるほど,人がすべて,チームファーストといったコミュニティは生まれにくい。だから,仕事で成功している人ほと孤独を感じやすい。強力なエゴや自信は成功の決め手になるし,相互依存性の高い人間関係に支えられているが,友情よりも個人的利益を求めて近づいて来る人々も多い。だから,愛,家族,金,注目,力,意義,目的など,「人間的なものごと」の価値を理解すること,そして,自分自身が人間的価値を高めることが,ビジネスの成果をもたらすのだ。

 そのように考えていけば,自分にとっての成功のものさしが見えてくる。ビルにとっては,自分のために働いてくれた人,逆に自分が助けた人のうち,優れたリーダーになった人が何人いるかが,そのものさしであったように。

 

 

<ひと言ポイント>

 成功のものさしの条件

 

 本書は自分の成功のものさしを作れ,というメッセージを示し,終わりを迎えます。では,ここで言う成功のものさしの条件とは何なのでしょうか?

 

 まず1つ目は,ものさしなのですから,数字で測定できることが必要となるはずです。もちろん,幸せだったと思える人生が成功という方は,たくさんいらっしゃるのだと思うのですが,そのままでは測定自体ができないので,ものさしが作れないことがわかります。もちろん,「幸せ度調査」のような,何らかの項目で成り立つ調査票でもつくれば,測定自体もできるようになるのですが。

 

 もう1つは,上がったり下がったりする数字より,ただひたすら積み上がるもので,肯定的な要素の強いものの方が良い,という点です。スポーツの世界を例にすれば,勝率よりも勝利数といったように。その理由は,過去の自分との比較,つまり,自分の成長が圧倒的にわかりやすいからです。

 

 成功のものさしを必要とするのは,測定するためです。そして,何のために測定するのか,と言えば,行動を促すために測定するわけです。ただ測定と行動の間には,動機づけを伴う評価というものが存在します。つまり測定とは,「行動を促すため,つまり,行動に対する動機づけを行い,実際に行動に向かわせるために行う,事実の把握」なわけです。自分のものさしなのですから,自分のモチベーションが最大化するものさしを,成功のものさしにできれば最高!

 

 実はこの考え方,測定・評価論の基礎的な考え方にもあたる,非常に重要な視点です。逆に言えば本書が指摘するのは,そのような学問的な面をもカバーした「ものごとの見方」なのではないか,とも思います。


 20200913

「1兆ドルコーチ」 エリック・シュミット, ジョナサン・ローゼンバーグ, アラン・イーグル ~第4回~

 

<概要>

 シリコンバレー中の経営者のコーチだったビル・キャンベルに学ぶコーチの在り方=WhatとHow

 

1)チームファースト

 チームで仕事をする以上,チームの存在がなければ何も成し遂げられない。だから,チームファーストが原則であり,その姿勢が全員に求められる最低限になる。ことさらチームファーストを語る必要があるのは,そもそもの個人の動機はさまざまであり,優秀であるほど,強いものがあるからでもある。目的,プライド,野心,エゴ…。

 だから,正しいプレイヤーを見つけることは非常に重要だ。求めるべきは4つの資質。それは,一見かけ離れたことをつなげる発想力である知性,勤勉,誠実,そしてグリットだ。ペアであることに取り組ませること。問題を明確にし,その解決に取り組ませる。そして,正しく勝利するとは何かに気づかせること。物事がうまくいかない時ほど,誠意・献身・決断力をリーダーが発揮すること。

 

 

<ひと言ポイント>

 裏切り行為の代償

 

 

 企業や組織というものは,人の集まり,です。人の集まり,ということは,表には表れない「その人たちの思惑」が渦巻いているととらえることができる。そして,「人の思惑」というものは,そこで発せられた言葉や行動など,100%目に見える形で現れるものではありません。結論だけが,言葉や行動として現れるのですから,その過程について,わかることは少ない。

 

 要は「その裏側にあるものが少なからずある」ということなのですが,一方,裏側にあるものがどの程度のものなのかについては,知識や経験に依存する面があることを考えると,人によって異なることもわかるはず。また同じ人であっても,立場によって異なる面が出てくるはずです。

 

 このことは,頭では理解できると思います。では,実際の場面になるとどうでしょうか?

 多くの場合,人は「自分を基準」に,その裏側にあるものの度合いを測定・評価している面がある。そして,過去の「その相手とのコミュニケーションの中で得られた経験」を付加して,その裏側にあるものの度合いを測定・評価しているはずです。しかもそれは,ほとんどの場合「無意識の下」で行われる。

実はそれこそが,その相手に対する信用であり,信頼につながるものなのだと思います。

 

 信用がない相手とのコミュニケーションにおいては,その裏にある思惑を,自分を基準に,あるいは,他者との関係の中で起きたこと,自分の経験と照らし合わせて,測ることになる。こんな思惑があるのでは? あんな思惑があるのでは?と,想定することになる。つまり,リスクを想定する必要が出てくる。もちろん想定されたリスクは,単なる取り越し苦労である可能性もあります。それでも,そのリスクは想定せざるを得なくなる。

 

 リスクを想定するのは正直大変です。時間もかかるし,自分が嫌な人になったように感じる面もある。非常に労力がかかる割に,得られる効果も少ない面がある。それでも,起きたときには一大事ですから,想定せざるを得ない。

 

 だから,裏切り行為というのは,悪循環の回路をもたらすものになると,とらえられるのだと思います。その相手に,瞬間のマイナスインパクトだけでなく,その後の労力を膨大なものにさせるのですから,自分もその代償を払うことになる。一度悪循環の回路に陥ってしまったら,それを好循環の回路に持っていくには,非常に大きな労力をつぎ込む必要が出てくる。これまで信用を築いてきたのならなおさら,それを失うことの大きさを,冷静に評価することが大切なのだと思います。


 20200906

「1兆ドルコーチ」 エリック・シュミット, ジョナサン・ローゼンバーグ, アラン・イーグル ~第3回~

 

<概要>

 シリコンバレー中の経営者のコーチだったビル・キャンベルに学ぶコーチの在り方=WhatとHow

 

1)コーチングには信頼関係が必要

 信頼はビジネスの基盤だ。だが,この当たり前のことが語られることがほとんどなくなっている。しかし最高のチームは,「チームメンバーが,安心して対人リスクを取れるという共通認識を持っていて」,「そのままで心地よさを感じられる風土を持っている。

 だからコーチを受ける側がコーチャブルであることも重要だ。その資質とは,正直さ・謙虚さ・努力できる・常に学ぼうとする意欲だ。コーチとは,自分がなれると思っている人物になれるよう,聞きたくないことを聞かせ,見たくないものを見せる存在なのだ。だから,コーチは,敬意のこもった問いかけで,自ら気づくことを促す。わからないことは,適当にせず,わからないと答えさせる。何をせよと指示するのではなく,なぜやるべきかの物語を語る。相手と向き合い,もっとできるはずと挑む。ネガティブなフィードバックをするときは,攻撃的で容赦しない。このような信頼関係を築くことで,本人に挑む勇気が生まれてくるのだ。

 

 

<ひと言ポイント>

 一貫性

 

 コーチングができる対象とは,コーチャブルであること,と,本書は指摘します。つまり,受け入れる耳を持っているか否かが,コーチングが機能するための要件になる。つまり,コーチングを受け入れようとするとき,とにもかくにも「それが誰であろうが,自分のために,本気でコーチングしていると信じられること」が,何よりも必要になるということです。

 

 それは簡単なことではありません。私自身は,「人と事とは別モノであること」を,相当意識している方だという自負がありますが,それでもコーチングというものを簡単には受け入れることはできない。

 その1つの理由は,そのコーチが,本気で自分のために話をしてくれているのか,信じようとしても信じることのできない機会を数多く経験してきたからです。「自分や自分たちのためではなく,そのコーチ自身のためも含めた,他の誰かのためのコーチングなのでは?」と,コーチングを受ける相手が思ってしまったら,どんなにまともなことを言っていようが,それは受け入れられにくい。本書が示すように,そこには信頼が必要になる。相手がコーチャブルなだけでなく,コーチングをする側が,コーチ足りえる資質を持つことが必要になる。

 

 もし何らかのコーチングをしても,それが受け入れられない状況が続くのであれば,コーチの側が,自分自身を疑った方が良いと思います。もちろん,出発点のとらえ違いをした可能性はあります。しかしそれは,要求水準と出発点のとらえ違いであり,コーチのスキルや経験上の問題に過ぎない。しっかりと振り返れば,是正できるはずですから,対した問題ではない。問題なのは,コーチが信頼されていない可能性です。

 

 そもそもコーチの側が,自分が信頼されていない可能性を疑う。

 信頼を勝ち得る一つの方法は,私は「一貫性」だと思います。コーチする人の言動や行動に一貫性はあるのか? 相手に要求することと,自分がやることとの間に,一貫性はあるのか?

 

 ビジネスの場面で見られる自分と他者への一貫性のなさは,典型的な言葉で現われてくる,と私は思います。それは,「面倒くさい(やりたくない)」,「(理由等なしに)お前がやれ,あなたがやってください」,「○○のヤツめ」といった言葉です。これらの言葉に共通するのは他責の姿勢ですから,自分と他者への対応に一貫性を保つことはできないのです。


 20200830

「1兆ドルコーチ」 エリック・シュミット, ジョナサン・ローゼンバーグ, アラン・イーグル ~第2回~

 

<概要>

 シリコンバレー中の経営者のコーチだったビル・キャンベルに学ぶコーチの在り方=WhatとHow

 

1)人がすべて

何かを学ばせてくれ,意思決定を支援してくれるマネージャーになら,人は管理されたいと思っている。さまざまなレベルでの「対立=あちらを立てればこちらが立たず」という問題が発生し,その解決が必要だからだ。そして,その解決にあたって指図するのではなく,解決における支援・敬意・信頼を通じて自分が大事にされていると実感させること。信頼するには,チーム一人ひとりのことをよく把握することが必要だし,知らなければ,敬意も信頼も示せない。そうやっていく中で,真のリーダーは,部下によってつくられるものなのだ。

課題解決には,メンバーがそれを十分理解していることが必要だ。共通認識,適切な議論,そして意思決定するために,ミーティングは利用する。最適解を得るには,意見・アイデアを洗い出し切り,グループ全体で話し合うのが最適だ。その前提が「十分な理解」なのだから,自分たちの存在意義,そうであるための「原理」を,しっかりと理解させる必要がある。その理解のためにも,誤った行動をした場合には,絶対にそれを許してはならないのだ。

原理の1つは,「会社の存在意義とは,プロダクトのビジョンを実現することにある。その成功のために,各業務は動く」ということだ。こういった原理があれば,チーム内で8割は正しい答えを出せる。CEOがミーティングを仕切るべきなのは,課題の解決をすることが目的だからだ。だから,資料は先に共有する。そして,報告の際には,資料内で書かれているはずのうまくいった点だけでなく,うまくいかなかった点や課題を説明させることが必要なのだ。

 

 

<ひと言ポイント>

 機会は転がっている

 

 学びの機会,というものは,あちこちに転がっている,と私は思います。

 「さあ,才能に目覚めよう」という書籍がありますが,その診断によれば,私は極めて内省志向の高く,また,目標達成意欲の高い人間です。そのような人間になった1つの理由は,そもそもの資質の問題もあるのだと思うのですが,もう1つは,これまでの機会を通じた経験が,このような自分に育てたと言えるのではないか,とも思います。

 高校まで野球をやっていましたが,自分がいくら活躍したところで,チームが勝たなかったら意味がない。だから練習しました。その練習は,先輩方から教わってきたルーティン的なものもありましたが,さまざまな工夫もしてきた。それが不十分でだったことは,結果に表れているのですが(苦笑)。

 

 「結果が見えたとき」は,内省の機会です。つまり,行動を見直す機会にもなる。では,野球というスポーツで,内省の機会はどれぐらいあるでしょう?

真っ先に思いつくのは「試合で負ける」という大きな機会だと思います。でも,機会はそれだけではない。1回1回の練習も,それは機会にできるはずですし,1シーン1シーンもまた,機会にできる。もっと言えば,1球1球が機会でもある。

 

 同様に考えると,世の中「機会だらけ」なわけです。ただそれを内省の,あるいは,自分の行動変化の機会にできるか? と言えばそうではない。そもそも機会として意識できなければ,内省のしようがありませんし,内省したとしても,何等かの仮説に基づいて行動を変えなければ,同じ反省をくり返すことになる。

 

 機会は転がっています。それは大きなものもあれば,小さなものもあるでしょう。でも,その機会を的確にとらえ,今の自分や自分たちを客観的に見られるか,そして,目標の達成に向けて,行動を変えられるか? だから,「これは機会だ」と,自分やチームが気づけるしかけやしくみが必要になるのだと思います。それはミーティングという場かもしれませんし,他者に客観的に指摘いただけるよう求めることなのかもしれません。


 20200823

「1兆ドルコーチ」 エリック・シュミット, ジョナサン・ローゼンバーグ, アラン・イーグル ~第1回~

 

<概要>

 シリコンバレー中の経営者のコーチだったビル・キャンベルに学ぶコーチの在り方=WhatとHow

 

1)ビル・キャンベルが注力したこと

 ビル・キャンベルは,いわゆる「ギバー」だった。自分がコーチするすべてのチームに,「心理的安全性」「明瞭さ」「意味」「信頼関係」「影響力」を育むための労を惜しまなかった。自分の手を汚し,ポテンシャルを信じるだけでなく,ポテンシャルを発揮できるよう,自分視点での盲点に気づかせ,弱みに正面から向き合えるように促し,そこで得られた功績を,自分の手柄にはしない存在だった。

 

2)ビル・キャンベルという存在 ~ナゼ,コーチが必要か?

 成功するチームは,スマート・クリエイティブな人材を活かし切ることが必要。そのための「組織のあるべき状態づくり」に注力する存在が,ビルだった。スマート・クリエイティブ足る人材は,頭が切れ,攻撃的で,野心的,意志が強く,はっきりとした意見を持ち,自尊心も高いから,利害も対立しやすい。だから,まずは一人ひとりに「チームがすべて」であることを植え付け,また,チームがコミュニティとなるよう,一人ひとりに対して親身になり,千差万別に付き合い,個人のパフォーマンスを最大限引き出した。そのための重要な方針が,顧客課題を解決するためのプロダクトを最優先することであり,その過程で,コミュニケーションが取れているか,を注視する。緊張や対立が明るみに出され,それを解決する話し合いがなされているか,客観的に見ていた存在がビルだった。

 

 

<ひと言ポイント>

 組織の存在意義の下に動く

 

 組織や組織化されたものには,何らかの存在意義というものが必ずあります。つまり,何らかの目的の下で,組織化されている。もしかするとそれは,単に「金を稼ぐこと」だけかもしれない。けれど,それだけで長く生き延びられるほど,世の中甘くはない。その現実に直面したとき,「顧客に選ばれること=顧客の何らかの課題を解決すること」が,その組織の存在意義に成り代わるはずです。

 

 そう考えると,組織で働くことを選んだのなら,その組織の存在意義,存在する目的に対して「貢献すること」が,何よりも優先されるのは,当然の要求だと私は思います。自分を最優先にしたいのなら,組織で働くのではなく,自分で事業をやればいい。でも,それを選択しても,「顧客に選ばれること=顧客の何らかの課題を解決すること」が要求されるのですから,それが,自分の存在意義に成り代わるはずで…。(恐らくそういった堂々巡りが,一人で生きているわけではない以上,社会で生きていく以上,発生するのだと思います。)

 

 だから,組織の一員として何か事に当たるときは必ず,「組織の存在意義の下」で動く必要があるわけですし,考える必要があるわけです。そして,もしそれが徹底されているとしたならば,問題の多くに対して,ほぼほぼ正解を出すことはできるのだろうと思います。もちろん,正解がわかっていても,行動できないのは別問題ですが。

 

 では,答え自体間違える場合とは,どういうことなのか? 1つは,哲学における有名な問いでもある「暴走列車」のような問題のケースが考えられますが,もう1つは,「組織の存在意義の下」で動く上での「しくみの不十分さにある」ととらえられると思います。


 20200816

「リモートワークの達人」 ジェイソン・フリード, デイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソン ~最終回~

 

<概要>

 筆者チームの長年の経験にもとづくリモートワークの長所と短所

 

1)リモートワークのマネジメント

 マネージャーの仕事とは,仕事をリードし,成果を確認すること。要求されるのは,プロジェクトマネジメントの力だ。

 リモートワークを機能させるには,オープンソースのプロジェクトがうまくいく理由から学ぶべきだ。そこには自発的なモチベーションがあり,情報がオープン化され,リアルな交流ができる機会がある。それこそが,リモートワークのマネジメントのツボでもある。また,リモートワーカーの気持ちを知ることも大切。自分がリモートワークを経験すれば,それがわかる。また,1:1のコミュニケーションが必要であることも理解できる。やる気は脆い。だから,適切な頻度での適切な声掛けが必要なのだ。挑戦を称賛し,適切な失敗を非難しない文化も必要。怠けることよりも,働きすぎによるバーンアウトを回避することを重要視すべきだ。

 

2)リモートワーカーに求められるスタイル

 まずは1日のリズムを作ること。通勤文化の利点はそこにある。1か0かにする必要もない。1日交互,半日交互といったやり方もあるはずだ。同様に,仕事モードに切り替える仕掛けをつくることも大切。PCを仕事用とプライベート用に分けるといったことも有効だ。邪魔されない自宅以外の場に行くこともその方法のひとつ。周囲が知らない人だらけの時,仕事をやるしかないという気分にもなる。逆に言えば,プライベートの充実は欠かせないということにもなる。

 仕事へのモチベーションが最大化するのは,楽しい仕事を,楽しい仲間とするときだ。その意味でも,本当に集中できないのだとすれば,仕事自体に問題があるととらえた方が良い。そんな時にこそ,上司との1:1の対話が必要なのだ。問題点を特定しないと,その解決に向かえない。

 何よりも,リモートワーカーにとっては,仕事の成果こそが存在感のキーだ。その場にいないから忘れられるのであれば,それは,仕事で成果を出していないということでもある。

 

 

<ひと言ポイント>

 千載一遇のチャンス

 

 新型コロナウイルスの感染拡大は,仕事のやり方に対する変化を促しています。

 それは多くの人にとって非常に大きなチャンスだと,私は思います。これまでの当たり前を見直し,再構築する機会になるはずで,そこで存在感を示せる可能性があるからです。もちろんそれは,リスクでもあります。一方人によってはそれを,単にそれまでの秩序が崩壊することとして受け止めるのではないかとも思います。

 

 このように考えると,変化は人を不安にさせるものではあるけれど,今この瞬間にある不安の性質やその大きさは,人によって異なるということに気づきます。そして,不安はあるとして,それでもチャンスとしてとらえられるかどうか。それが,これから先,成功できるかできないかの分かれ目にもなるのではないか,とも思います。

 

 どんなに変化しようと,本質的なものは実は変わらないのだと思います。たとえばビジネスで言えば,売上を拡大し,コストを削減すれば,利益が増えるという事実は変えようがない。人々のニーズに応えられるなら,それはビジネスになるというのも本質的なことです。このような本質的なもの,つまり原則にあたるものをしっかりととらえ,行動を起こす力を身に着けてきた人は,どんな課題が発生しても,原則に沿って自ら答えを考えるでしょうし,原則に沿って自ら行動を起こすと考えられる。

 

 仕事のやり方についても,正解はないと思います。ただし,ヒントはたくさんある。ヒントを紡ぎ,正解と位置づけ,自ら行動を起こす。今必要なのは,そういうことなのだと思います。


 20200809

「リモートワークの達人」 ジェイソン・フリード, デイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソン ~第3回~

 

<概要>

 筆者チームの長年の経験にもとづくリモートワークの長所と短所

 

1)リモートワーク時代の人材採用

 多様な視野を取り入れた方が顧客を獲得しやすい。リモートワークは,それを可能にする。採用の際に重視すべきは,ライティングスキルだ。リモートワークでは,文字によるコミュニケーションが中心になるからだ。また,文字だけでやり取りするから,人柄を重視することも欠かせない。「嫌な言葉」「感情的な対立」「悪いムード」を徹底排除することが大切だ。

 これからの仕事には,ひらめきや創造性が必要だが,それは多様な経験の中から生まれる。仕事だけの暮らしでは,それは育まれない。つまり,仕事だけでない環境が重要なのだ。また,リモートワークでは,「グリット=やり遂げる力」が必要になる。だがそもそもそれは,仕事ができる人の条件だ。つまりリモートワークが出来る人というのは,仕事ができる人だということになる。だから,リモートワークができる人材であるなら,どこに住んでいようが同じ賃金で雇うべきなのだ。

 実際の採用ステップでは,履歴書を重視するのではなく,テーマを与え,それに対する文章を重視し,評価すべきだ。そこで候補が絞れたら,有給での1週間か2週間の短期の仕事を通じて,実際にその人を知ることも重要になる。

 

 

<ひと言ポイント>

 グリットを考える

 

 「グリット」は,成功するために不可欠な要素として,近年注目されるようになった力です。「やり抜く力」あるいは「やり遂げる力」と,日本語では表現される力です。ただ,この力の測定は正直難しいです。過去にやったこととして証明することはできたとしても,今後その力を発揮できるかと言われると,必ずしもそうとは言いにくいですし,そもそも「何をもってやり抜いたと言えるのか」という問題もあります。

 

 それでも,やり抜いた経験のある人,あるいは何かを続けようとした経験のある人は,やり抜くことの難しさを知ってはいる。その難しさを知っているから,やり抜いていると自分が思う他者を尊敬できるし,尊重することもできるのではないか,と思います。

 

 では,グリットを身につけるにはどうしたらよいのか? 

 

 まずはどんなに小さなことであっても,「何かをやり続けようと決めること」が必要なのだろうと思います。そして,実際にやり始めること。そうすれば,もし続けられなかった場合でも「続けることの難しさ」を知ることになるでしょうし,もし続けられたのなら「ナゼそれを続けられたのか」を考えることができる。

 

 実際問題として,1年以上続けられていることが皆さんにも必ずあるはずです。このサイトの読者の方が,0歳児ということはないはずですから,少なくとも1年以上,生き続ける経験はしている。でもよくよく考えてみれば,1年以上生き続けることだって,ものすごく大変なことなのかもしれません。たとえばもし今が戦時下だったら,生き続けること自体が困難なはず。つまり,生き続けられたのは決して当たり前ではない。万が一自分の意思ではなかったとしても,少なくとも周囲の方々の協力や支援があって,生き続けられた。戦時下ではないのは,決して当たり前のことではないですから。

 

 このように考えると,グリットを通じてさまざまな気づきも得られるのではないか,と思います。たとえば,何かを続けるには,何らかの条件がそろっていることが必要だ,ということ。そこで,ではその条件は何だったのか? と考えれば,自分が何かをやり抜くために必要な要素が浮かび上がるでしょうし,その条件づくりに貢献してくださった,見知らぬ方も含めた多くの方々に,自然と感謝することもできるのではないか,とも思います。


 20200802

「リモートワークの達人」 ジェイソン・フリード, デイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソン ~第2回~

 

<概要>

 筆者チームの長年の経験にもとづくリモートワークの長所と短所

 

1)リモートワークの誤解

 リモートワークに対しては,さまざまな誤解がある。「アイデアが生まれない」と言うが,仕事の多くは既にあるアイデアを洗練させること。アイデアのあり過ぎは未消化となり,仕事の流れが淀む。「会議ができない問題」は,その場をより貴重な機会とでき,価値が向上する。「従業員が怠ける」と考えるのだとしたら,それは信用の問題ではなく,採用の問題だ。「常に誘惑に負けそうになる」のなら,仕事自体の欠陥が見つかるはず。「セキュリティ」は,適切なしくみとルール化で担保ができるし,そもそも現代においてはマナーレベルの問題だ。「必ずしも全員がやれない」という指摘は,公平さのはき違え。みんなが損をする必要はないし,仕事の中身が異なるのなら,やり方が異なるのも当然だ。

 「企業文化」は,顧客に対する姿勢,要求品質,社員間の話し方,仕事量,リスクの取り方等々に,「結果的に表れる」ものであって,会議室で決めるようなものではないし,同じ場にいないと育まれない,という種類のものでもない。

 

 

<ひと言ポイント>

 過剰なリスク視

 

 新型コロナウイルスの感染は,いわゆる第2波の様相を呈しています。政府要請に応える形で在宅勤務をとった企業も,その多くは,オフィスワークを基本とする形に戻しました。そして今,再度原則在宅勤務に移行するといった動きが始まっています。まさに,右往左往しているような状況と言えるかもしれません。

 

 この状況に対し,「政治の無策」を問う方々がいます。確かにその側面はあるのだと思います。ただ,この段階で再度「原則リモートワーク」にできる企業の場合,ナゼ緊急事態宣言解消後,「原則オフィスワーク」に戻したのだろうか,とも思うのです。一部の方に聞いただけで断じるのも問題があるのは承知の上ではありますが,正直大きな経営判断ミスをしたのではないのか? 原則リモートワークで良かったのに,原則の置き場所を変えてしまった。

 

 それはナゼなのか? 恐らく,本書が指摘するような,リモートワークに対する誤解が,大きな影響を与えているのだと思います。アイデアづくり,会議の問題,セキュリティ,企業文化。。。中でも,従業員の怠慢,を大きな理由にあげる経営者が多いのではないか,と思うのです。表立っては言わないかもしれませんが。

 労働基準法という法律があります。この法律とそれに基づく判例では,私の感覚からすると「経営に,相当な悪影響を及ぼしたと言えるだろう」というレベルでも,企業はそれを理由に解雇することはできません(高知放送事件を調べてみてください)。それぐらい,経営者にとっては,労働基準法というものの存在は大きい。逆に言えば,その法律がバランス悪く成立しているがために,経営者は従業員の怠慢を,過剰とも言えるほどのリスクとしてとらえてしまっているのではないか? 

 

 昨今の情勢や今後のビジネス環境を踏まえれば,法律の見直し自体を検討すべきとも思うのですが,企業は自ら,自身の価値基準を明確に提示することができるはず。これは許されても,これは許されない。これは推奨されても,これは推奨もされないし,評価もされない。そのような価値基準を,提示することができるし,ルール化も,しくみ化もできる。

 ちなみに,医者の世界では,ノックアウト要件というものがあります。この問題にこう答えるとしたら,どんなに他の観点で優秀であっても医者にはなれない,という要件です。企業や組織においても,ノックアウト要件を明確にすればよいのではないか。そうすれば,従業員の怠慢が,新型コロナウイルスの感染よりも大きなリスクにはならないのではないか。そして何より,従業員は「信用されている」と,安心するのではないか,とも思います。


 20200726

「リモートワークの達人」 ジェイソン・フリード, デイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソン ~第1回~

 

<概要>

 筆者チームの長年の経験にもとづくリモートワークの長所と短所

 

1)オフィスワークの当然視のし過ぎ

 私たちは,オフィスで働くことに慣れ過ぎてしまい,その他の働き方があることを忘れてしまっている。

 頭を使ってクリエイティブな仕事をしようとするとき,昼間の会社ほど最悪な場所はない。ミーティング,マネジメント,不急の質問など,邪魔に満ちているからであり,それを自分ではコントロールできないからだ。通勤は身体に悪く,不必要な時間もかかる。リモートワークなら,時間も場所もフレキシブルだ。このように,リモートワークは社員の生活の質を向上させるものだ。引退を待つことなく,働きながら好きなこともできる上,結果として企業側も節約ができる。

 欠点は,仲間と顔を合わせないこと,仕事モードへの切り替えが難しいという点だ。孤独に陥るリスク,仕事のやりすぎリスク等々をコントロールし,リモートワークの場所を快適なものとすること,運動不足の解消,顧客への事前通知なども必要だ。だが,既にオフィスにおいては,旧来型のリモートワークは外注などの形で存在している。ほとんどの問題は,解決できることが既に明らかになっているのだ。

 

 

<ひと言ポイント>

 妙な平等意識をなくす

 

 新型コロナウイルスの感染拡大で,緊急事態宣言が発動された当時,一時期朝夕の公共交通機関は,確実に,ゆったりと座れる程度まで空いていました。ところが現状,以前に比べれば少なくなったとはいえ,安心して座って移動できるほどの状況にはありません。東京では1日300人以上もの新規感染者が確認されたにも関わらず,やはり相当数の方が通勤されている(かくいう私も,支援先に週3日は通っているわけですが・・・)。

 

 もちろん,オフィスに,あるいは現場に行かねばできないタイプの仕事はあります。けれど,そうではないにも関わらず,通勤されている方がいらっしゃるだろうことは容易に推測できます。理由はさまざまなのでしょうが,一般的には,本書が指摘するような「仕事はオフィスでするもの」との考えが当たり前になり過ぎていること,また,マネジメントも含めてオフィスで仕事をすることが前提となっているしくみが多いことなどが,大きな要因とされているようです。

 日本の場合の最大の課題は,「妙な平等意識が,必要以上に働いている点」にあるのではないか,と私は考えています。「私の仕事ではやれない,不公平だ」というようなものがあちらこちらで起きてしまい,挙句,「異動したい」というようなことに発展する。だから,一律でできないことにはなかなか踏み出せない。。。

 

 でも,よくよく考えると,「その仕事って,自分で選んだのでは?」と思うのです。少なくとも競争の機会は平等にあったわけで,自分が比較優位に立てるのがそのポジションだった,という面がある。そのポジションがどうしても嫌だというのであれば,自分が勝てる領域を見つけるしかない。競争を煽っているわけではなく,何かをやりたいと思ったら相応の努力は必要なわけです。10の実力のある人と,1の実力のある人と,どちらか1人しか雇えないとしたら,雇用する側としては10の実力のある人を雇うはず。プロスポーツの世界などを思い起こせば,非常にシンプルにとらえられることでもありますし,自分たちをプロととらえたら,妙な平等意識に縛られる必要もないように思うのですが。。。

 

 ちなみに本書は,2014年に「強いチームはオフィスを捨てる」とのタイトルで出版された本の文庫版です。コロナ騒ぎを受け緊急出版されたようですが,従来型の「オフィスでの仕事」に対して,すでに6年以上前にまとめあげ,問題提起しているという点で,先見性があったと言えるのかもしれません。


 20200719

「世界「倒産」図鑑」 荒木 博行 ~最終回~

 

<概要>

 25の世界の倒産事例から,企業概要・倒産理由・ターニングポイントを踏まえた上で,学ぶべきポイント

 

1)マネジメント上の問題2 ~ 経営と現場とが乖離したマネジメントで破たんしたケース

・コンチネンタル航空:買収と,成功の方程式と呼ぶ品質管理に基づく顧客中心サービスの行動指針の社員への徹底的な刷り込みで成長。業界の自由化で経営悪化。敵対的買収をされる。敵対的買収した経営者が倒産させ,社員全員を一時解雇,「半分の給与で2倍働く」を条件に一部を再雇用という手法で再生。同様の手法で複数社をM&Aで持ち直すも,従業員モラルが低下,2度目の倒産。その後任は,市場・財務・商品・従業員の4つの視点からのプランを同時並行で実行し再建。

・タカタ:船舶用ロープ製造を戦時中にパラシュート用ひも製造転用し発展。戦後はシートベルトをホンダに提案し発展。その後自動車業界への関与拡大し,他社が導入できなかった硝酸アンモニウムを利用したエアバッグで市場拡大。厳密さが求められる容器設計と製造工程での湿度管理を,現地工場では対応できず,事故発生。大規模リコール問題に発展。

・シアーズ:それまで時計を持たなかった田舎の人に通信販売で懐中時計を安く売ったのが起源。都会まで買い物に行けず,行商人から高く買うしかなかった人々をターゲットにしたカタログ業へ。その後大型駐車場備えた百貨店を核に多角化。その後新たなプレーヤーの台頭に「モノはあるけど,欲しいモノはない」「大きいだけ」の存在に埋没。リストラ策で再建。現場課題への投資せぬままオンライン会員型組織構築優先。会員向けオススメサービスに現場が対応できず。

 

 

<ひと言ポイント>

 人間らしさから考える

 

 倒産が起こる場合,経営と現場,どちらかだけに一方的に問題があるとは言えず,どちらにも少なからず問題があるのだと思いますが,いずれにしても,解決策を何等か考えたいわけです。その時の視点として1つ重要なのは,人間らしさについて理解しておくことになるのではないか,と思います。経営も現場も,どちらもやるのは人間だからです。

 

 人間らしさのひとつの側面は,「できるだけラクをして儲けたい,自分ではなく他者に動いてもらいたい」というものではないか,と思います。今回の3社の倒産劇の中では,人間らしさにあたる部分への配慮が特に不足していて,それが,経営と現場との乖離を大きくさせたのではないか,とも思うのです。

他にも人間らしさにあたるものはあると思います。その1つは疲労です。人間は疲労します。どんなに面白いと思っているものに取り組んでいる場合であっても,休憩・休息は必要です。疲れがたまれば,同じパフォーマンスを発揮することはできません。

 

 目標があればがんばれるのも人間です。「良いと言うまで歩き続けろ」と言われるのと,「○時間歩き続けろ」と言うのとでは,圧倒的に後者の方ががんばれる。他者に比較し,自分を過大に,あるいは,過少に評価しがちだったり,隣の芝生が青く見えるのも,人間だからかもしれません。

 

 政治や経済などを含め,新型コロナウイルスと共に生きる社会の下でのさまざまな活動は,このような「人間らしさ」にもっと目を向けながら,行った方が良いのではないか,と思います。いつ収束するのかわからない状況下では,終わりの見えない努力をし続けることになります。適度なガス抜きをした方が,よりがんばれる,と考えられるわけですから,適度なガス抜きができるしくみを考えた方が良い。その意味で,「Go To トラベル」は,やり方をもう少し考えれば,もっと良いガス抜き事業に,そして,経済支援事業になると思うのです。全国一律で始めて,全国一律で終わらせる必要もないはず。東京都除外という形にせず,「47都道府県を順番に行う」だったら,もっと前向きに受け取れる。

 

 人間らしさを出発点に考え始めたことで,「新しい一律」の在り方を考えることにたどりついてしまいましたが,新型コロナウイルスの感染拡大を機に考えるべきことって,こういうことなのではないか,と私は思うのですが。。。


 20200712

「世界「倒産」図鑑」 荒木 博行 ~第4回~

 

<概要>

 25の世界の倒産事例から,企業概要・倒産理由・ターニングポイントを踏まえた上で,学ぶべきポイント

 

1)マネジメント上の問題2 ~ 大雑把,雑なマネジメントで破たんしたケース

・マイカル:1963年,4社統合でスーパーのニチイとして誕生。「本部大量仕入れ,各チェーンで販売」という「チェーンストア理論」で台頭。1980年代に業界の冬の時代迎え,マイカルGとし,大型ショッピングモール事業に転換。「安くて良いもの」時代に,量より質を目指すも,大きなコンセプトのみで現場レベルのトライ&エラーを機能させられず破たん。

・NOVA:「サークル感覚,気楽なアポイント」のコンセプト確立し台頭。2~3年契約のレッスン大量購入で,安さ実現した前受ビジネス。規律不在のまま教室を乱立。キャッシュインにつながる生徒数増のみへの注力で,顧客満足の管理せずに堕落。

・林原:1883年,水飴メーカーとして創業し,ブドウ糖メーカーとしての地位つくる。本業で得た富で不動産投資。1960年代に「基礎研究ベースの抗付加価値路線」に転換。マルトースの高純度抽出,インターフェロン,トレハロース,プルフラとヒット連発。基礎研究を多額の借り入れに依存。決算書改ざんの不正経理発覚で,追加担保用意できず,2カ月で破たん。「いざとなれば不動産」を背景とした雑な経営管理,財務3表を社長が見ないほどの甘いガバナンスなどが原因。

・スカイマーク:規制緩和受けLCCの先駆者として誕生。燃費良い機体一括導入,スタッフサービスの極限までの削減でコスト低減し絶頂期迎える。他者参入を受け,ALLビジネス席&半額のコンセプトで長距離国際線参入,国内線にも豪華客席投入。キャッシュアウトの増加に円安,燃料高騰が直撃。短期的攻めのみで,中長期の守りとのバランスが崩れて破たん。

 

 

<ひと言ポイント>

 本との対話とは?

 

 今回確認した4社は,本書ではマネジメントが大雑把,雑で破たんした会社として分類されています。実際ここで示されている事実を見ると,「マネジメントが不十分」と,感じるかもしれません。たとえば,マイカルはマーケティング面で,NOVAはオペレーション面で,林原は経営面で,スカイマークは中長期戦略面で,それぞれマネジメントが不十分だった,といったように感じます。

 

 ただこの分類は筆者が考えたものです。別の角度から事実を見ることはできるはずです。そして別の角度から見れば,異なる分類もできたと考えられます。

 そういう意味でも,「本の立ち位置=筆者の意図」は,しっかりと押さえた上で,本というものとは向き合った方が良いと思います。本書の場合,そのまえがき等を読むと,「この本の目的は,(事実,史実をしっかりと確認することではなく,)そこから何を学ぶか,どう活かすかだ」とされています。何を学べるか?なのですから,ある意味何でも学びにできる。だとすれば,筆者がポイントとして考えたこと以外にも,学べることはあるのかもしれませんし,抽出すべき事実もあるのかもしれない,と考えられる。

 

 「読書とは,筆者との対話である」との意見がありますが,筆者との対話とはそういうことなのだと思います。つまり,筆者の「ある事実をもとに抽出したポイントや主張」に対し,「私は,同じ事実をもとに,これをポイントとして抽出する,あるいは,主張する」ということだったり,「別の事実に着目し,筆者の主張をさらに強化した,あるいは,まったく別の主張をする」ということだったり,を,「対話」と呼ぶのだと思うのです。

 

 同様に考えれば,ある主張をする人々と対話することは可能だと考えられます。たとえば,安倍首相でも,小池都知事でも,誰とでも対話することは可能。つまり,「どんな立ち位置で発言しているのか,どんな事実にもとづいているのか,ポイントとされているのは何か,主張していることは何か・・・」などなど,受け止め,考えることができる。そのようにして考えたことを,投票という形で,投げ返してあげればよいのだと思います。


 20200705

「世界「倒産」図鑑」 荒木 博行 ~第3回~

 

<概要>

 25の世界の倒産事例から,企業概要・倒産理由・ターニングポイントを踏まえた上で,学ぶべきポイント

 

1)マネジメント上の問題1 ~ 焦りから身の丈を超えたマネジメントで破たんしたケース

・山一証券:「法人の山一」として台頭。高度経済成長期の拡大期後の反動不況期に,当時の審査の甘さで苦境迎える。日銀による特別融資で乗り越える。その後,事前に利回りを約束する営業特金と飛ばしで伸ばすも,バブル崩壊。堅調な売上下では表沙汰にならない不正が,不況で顕在化。

・北海道拓殖銀行:道民銀行としてブランド構築。カネ余り期に,リスク高い企業に貸し付けで拡大。営業と審査という2つの機能の未分離のまま,バブル崩壊。金融機関としての存在価値を高めようとの焦りが,過大なリスクテイクに。

・千代田生命保険:日論戦争の戦死者への保険金支払いで,生命保険の効用浸透,市場拡大。「財務の千代田」として堅実経営も,大きな特徴出せずに埋没。営業トップが経営トップに就任後,融資と審査の2機能を統合。ハイリスク・ハイリターンの投資先開拓に走り,バブル崩壊。プラスシナリオのみに依存した判断が問題化。

・リーマンブラザーズ:日雑品商店として勃興。綿花による支払引受を事業化し,綿花仲介トレーダーに。その後多数のコモディティ商品をトレーダーとなり,投資銀行に成長。手数料ビジネスで台頭も,その堅実さを捨て,レバレッジ型にシフト。信用力の低いジャンク債を続発。「儲かっているから」との理由で,リスクに対して思考停止。

 

 

<ひと言ポイント>

 過去・現在,と,未来

 

 ビジネスは,「半歩現実,半歩未来」と言われます。今の売上・利益がなければ,今の組織を維持・拡大することはできないけれど,今の売上・利益のままで未来を生き抜けるとは限らないから,未来に向けた投資も必要になるということだ,と理解すればよいのだと思います。

 

 ここで,今の売上・利益については,「ナゼ,その売上・利益なのか?」を,客観的にとらえる必要があるはずです。そのために必要になることのひとつが,「生産性=Output÷Input」の式に当てはめられる数字です。また,Output,Inputのそれぞれの構造,つまり,「何にどれだけかかっていて,何がどれだけの価値を生んでいて・・・」ということを,事実ベースで把握しておく必要があるはずだ,ということです。

 もちろん,他にもたくさんの視点があるのでしょうが,いずれにしてもこのような数字自体は,考え方云々の問題ではありません。それが算出できるようになっていないと,その先の議論ができないからです。そして,これらの事実というものは,測定された結果,あるいは,観察された結果と言うことができます。

 

 一方で,上記の測定値から明らかになった生産性は,それが妥当なのか,判断する必要があります。同じ生産性5%という数字でも,2%から上がった5%と,10%から下がった5%とでは,意味が異なるはずです。百万円規模と億円規模でも,その意味は異なるでしょう。つまり,算出された値をどう評価するか?には,さまざまなとらえ方がある,ということです。

 

 算出された値をどう評価するか?については,残念ながら(?)正解も間違いもありません。もちろん,「これを重視する」という目標に対して,論理の面で正解は導けるかもしれません。しかし,その目標自体は,会社ごとそれぞれ,人それぞれであり,正解も間違いもないわけです。今回取り上げている4社の事例も,何を重視する目標だったのか?によって,その評価が分かれる部分もあると思うのです。ただ,過去・現在と未来とのバランスが悪いほど,リスクは大きくなるとは言えると思います。


 20200628

「世界「倒産」図鑑」 荒木 博行 ~第2回~

 

<概要>

 25の世界の倒産事例から,企業概要・倒産理由・ターニングポイントを踏まえた上で,学ぶべきポイント

 

1)戦略上の問題1 ~ 成功体験に縛られたケース②

・ブロックバスター:大資本のないレンタルビデオ業界という分散市場を,中小の買収で統一。大量仕入れと,コンピュータ駆使した在庫管理で躍進。ビジネスモデル変革に遅れ,郵送貸出・定額制のネットフリックスに,情報蓄積に基づくリコメンデーション機能を握られた。

・コダック:「シャッターを押すだけ」の実現で,写真・フィルム市場を一般のモノにすることに成功,市場創出。デジタル市場で,フィルム型と同一の,プリント等周辺サービスも含めた「ビジネスモデル」に固執し,転落。

・トイザラス:直接取引と大量仕入で価格破壊実現。おもちゃのスーパーマーケットとして台頭。e-コマース導入時にスーパー型に縛られ,顧客データ取得とその利用というビジネスモデルへの変革に遅れる。アマゾンと提携するも,数年で提携解消され倒産。

・ウェスチングハウス:原発向け独自技術で台頭。市場変化に伴う原発問題関連の事業のリスク軽視。重要意思決定でも親会社東芝の目が入らないママ盲信するなど,その技術に過信?

 

2)戦略上の問題2 ~ 脆弱なシナリオに依存したケース

・鈴木商店:台湾の日本領土化で,樟脳油の販売権獲得し,機会拡大,自ら海運担うようになる。第1次大戦下,海外派遣員から情報を得て「すべての商品船舶一斉買い出動」を実行,商材の暴騰による大儲けで三井三菱にも並ぶ存在に。台湾銀行に資金調達元が限られる,鉱山を持たないなど,ヒト・モノ・カネ,事業ポートフォリオの悪さで,第1次大戦終結後の価格暴落が経営直撃。

・ベアリングス銀行:貿易商同士の取引形態をヒントに,「手形引受」を商品化,シティで台頭。サッチャー政権下の手数料自由化・取引会員権解放など,英国のビッグバンで,競争力の低さを露呈。トレーディング業に活路見出すも,エラーアカウントの悪用による巨額の損失隠しがバブル崩壊で発覚。

・エンロン:ガス生産者に前渡金を支払い,固定価格で買い取る「ガス・バンク」ビジネスが,「ニューエコノミー」のストーリーとして受け入れられ台頭。巨額の前渡金は,SPE(特別目的事業体)が高い格付けを得ることで確保。電力・水道に横展開で拡大も,株価不振をきっかけとした不正の発生で,転落。「機会・動機・正当化すべき理由」がそろうビジネスモデルだった。

・ワールドコム:「100日で倍増する」ともいわれた通信の需要拡大機に,高株価を元にした資金で,通信中小企業と顧客持つ企業を買収。インフラとユーザーを獲得し台頭。株価低迷で粉飾決算に至る。

・三光汽船:日中間貿易拡大に目をつけ,貨物船で利益。高度経済成長期に自力造船に着手し飛躍。第3者割当増資を3年間で4度実施し,巨額資金化,株式投資で拡大。「安く仕入れ高く売る」を船舶でも株でも徹底。オイルショックによるタンカー需要減で,安く仕入れたはずの船舶が転売できず経営を直撃。その後小型船の大量発注で転売狙うも失敗。

・エルピーダ:半導体DRAMでNECと日立の事業整理・統合により誕生。増資受け,三菱電機のDRAM事業買収に伴う大型設備投入と経済規模の確保で業績回復。その後の市場の供給過剰でDRAM価格暴落。リーマン,円高でさらに競争力低下。資金繰りに失敗。

 

 

<ひと言ポイント>

 意志と覚悟

 

 ビジネスは,いつか陳腐化することが避けられません。つまり,どこかのタイミングで何らかの変革をしない限り,生き残ってはいけない,という現実がある。事業を複線化して収益の安定をはかったり,リスクの分散をはかったりするのは,ビジネスの陳腐化対策のひとつと言えるかもしれません。

 

 ただ,ビジネスの変革は,出資元,協業先などの他,社内も含めた大部分の利害関係者に影響することになりますから,いわゆる抵抗勢力も出てきます。だから,それを断行するのは本当に難しい。そもそも1本でもビジネスを立ち上げること自体が,簡単なことではありません。コダックのような市場創造型の場合ならなおさらだろうと思います。そして,危機が目の前に迫っていても,それに気づいていても,変革を決断することができない。

 

 そうではあっても,生き残るには変革が必要になる。。。

 私は過去に縛られない方だと思うのですが,それでも,「こうなったら辞める」という話でも決まっていなかったら,なかなか辞める決断はできないと思います。あとは,それを共に行動してくれる人の存在も大切になる。

 今回取り上げている各事例についても,特に成功体験に縛られたケースの事例については,頭ではわかっても,行動できるかと言われると,相当難しいだろうと思うのです。

 

 そう考えると,経営に最低限必要なもの,と言うよりは,経営に本当に必要なものは,意志と覚悟なのではないかと思います。良い時ではなく,悪い時ほどそれが見える。だとすれば,経営者の本当の力量を見るのに,今ほど良い時はないとも言えるのかもしれません。


 20200621

「世界「倒産」図鑑」 荒木 博行 ~第1回~

 

<概要>

 25の世界の倒産事例から,企業概要・倒産理由・ターニングポイントを踏まえた上で,学ぶべきポイント

 

1)25社の倒産の原因

 25社の倒産は,大きくは戦略,マネジメントのいずれかが原因となっている。戦略上の問題は,成功体験から抜け出せない,脆弱なシナリオに依存しているの2パターンに分けられる。マネジメント上の問題は,焦りから身の丈を超えたマネジメント,雑過ぎるマネジメント,経営と現場との乖離があるものの3パターンに分けられる。ただ,いずれにも共通するのは,「ターニングポイントで戦略的ではなく短絡的になったこと」と言えるのではないか。

 

2)戦略上の問題1 ~ 成功体験に縛られたケース①

・そごう:「各独立法人が出店エリア周辺を買い占め,出店後の地価上昇で資産形成。軌道に乗ったところで別法人設立し出資する」というビジネスモデルは強固。しかし地価が下がれば問題になる。このビジネスモデルの前提を誰も疑えなかった。

・ポラロイド:「待たずに見られる」優位性で躍進。デジタル領域研究力もあったが,「アナログに比較し粗悪」であることを理由に企画否決連発。存在しない市場で,実験・学習行動をせず分析に終始。いわばイノベーションのジレンマ状態に陥った。

・MGローバー:英国政府は自動車業界について,合併を重ねることによる規模拡大で効率化を推進した。結果,国際競争力を失い規模縮小する形に。MGローバーは,ホンダとの提携で一時持ち直しも,BMWによる買収で赤字垂れ流しに逆戻り。政府や世論による国内自動車産業における「べき論」の中で,身動きが取れなくなっていた。

・GM:小規模メーカーを買収統合しラインナップ整理,「GMに行けば,必ず予算に見合う車がある」状態をつくり,また毎年のモデルチェンジで買い替え需要を取り込むことで成長。その後顕在化されたはずの国際競争力低下を,自社改革ではなく規制等国の力に頼った結果,問題点を潜在化させてしまった。

 

 

<ひと言ポイント>

 誤った認識

 

 日本では,恐らくこれから倒産するところが増えると思います。ただその性質が,正直変わっていくのではないかと思います。その性質とは,懸命にあれこれやった結果というよりは,どこか他人任せに近いような倒産が増えるのではないか,というものです。

 

 そのように思うひとつの理由は,持続化可能給付金の影響です。たとえ新型コロナウイルスの感染がまったく予期できなかったことだとしても,「政府や自治体がお金を出してくれたのは,おまけみたいなもので,本来は給付されるようなものではなかった・・・ありがたくはあるけれど」というような感覚を持っていないと,この給付金の支給に間違った認識を持つようになってしまうと思います。それは,「政府や自治体は,私たちを守るものだ」という認識です。

 

 確かに,政府や自治体は,私たちを守るものではありますが,それは私たちの経済的な問題を解決するような性質のものではありません。もしそれを求めるのなら,共産主義のようなものを目指すしかなくなる。それが悪いと言っているのではなく,少なくとも今の日本はそうではないわけです。多くの人が本来の意味ではなく「政府や自治体は,自分たちを守る」という感覚を持ってしまったとすると,結果的に,他人任せのような倒産が増える。つまり,ローバーやGMのような倒産が増えることになる。。。

 

 これは個人向けも同じです。個人全員が対象となった特別定額給付金は,その政策どうこうや,その多寡がどうこう,実給付までの期間がどうこう以前に,本来は支給されるような類のものではないという感覚をしっかりと持っておかないと,おかしな当たり前を身につけることになると思います。


 20200614

「ケーキの切れない非行少年たち」 宮口 幸次 ~最終回~

 

<概要>

 医療少年院での勤務経験に基づく,非行少年の多くに認知機能の障害があるという実態と,既存の認知行動療法の限界を踏まえた更生支援の在り方の提言

 

1)これまでの更生支援・教育の課題 ~ 認知機能に問題があるとするならば

 これまでの更生支援・教育は,認知機能には問題がないことが前提となっている。しかし,知的障害とはされないものの認知機能に問題のある人は,その分布上14%程度は存在するはずだ。認知機能に問題があるとしたら,その内容の意味理解ができていないことになる。そもそもホメる,別の良い点を探す指導では,あることができない事実は変わらない。できないことに「イライラ」しているのであれば,できないことそのことを解決しないとイライラは解消しない。また,自尊感情が低いことを課題視することもあるが,実際には,実状との乖離が問題となっている。本人も保護者も認知機能に問題がないと思っていた時,それが,虐待やいじめの原因となり,虐待やいじめを受けた結果,自分より弱い他者を攻撃することにつながっているからだ。

 

2)教育の在り方 ~ 認知機能

 支援すべきは,学習面,身体面,社会面の教育だ。社会面の教育とは,対人スキル,感情コントロール,問題解決力などで,適切さを育むということが。ただ適切さは,意味理解が前提だ。そのためには,自己評価力の向上が必要となる。それは,非行少年の更生のきっかけが,自分に気づいたことに始まるからだ。よって,「見られている感」の醸成,正しい規範を見せる,自分がモデルになるといった経験と,「計画-実行」の中での間違いをFBすることが大切になる。ただその前に,正しく認知できるトレーニングが必要で,筆者が開発に関わったコクゴレなどが有効だ。ただし,トレーニングの際には,本人のプライドを傷つけない配慮が必要だ。

 

 

<ひと言ポイント>

 成長の両輪

 

 「正しいとは一体何か?」と問われた時,それを的確に表現できる人はどの程度いるものでしょうか? 

 正しいという言葉に限らず,形容詞に当たる言葉は,一定程度以上価値基準を含んでいます。美しい,カワイイ,汚いなどなど,よくよく考えてみると,どれも何らかの価値観,価値基準に基づくものであることがわかるはずです。では,何が価値観,価値基準になるのか? 正しいについて言えば,法律上の正しさが価値基準だと考えるかもしれません。しかしその法律も国によって異なるわけですし,何でもかんでも法律にするわけでもありませんから,その前提となる価値観・価値基準があるはずです。

 

 すると,マナーにあたる部分も含めて正しいとされるものは,その場所や時代,もっと言えばそこで育まれた風土や文化に根づいているものと言えるのだと思います。そして,ここで言う正しいとは,適切さ,あるいは適切さの度合いと言い換えることができます。ただ,適切な振る舞いができるのは,「そういう機会であること」を認知するからです。例えば結婚式やお葬式といった場で,相応の振る舞いができるのは,その場であることを認知するからであり,認知できなければ,適切さも何もあったものではない。

 

 私は,組織が持つ適切さそのものに関するしくみと,それを適切に認知する(させる)トレーニングのしくみが両輪となっていることが,今後の組織の成長の必須条件になるのではないかと思うようになりました。特に後者は見過ごされている可能性があると考えるようになったからであり,どんなに立派なしくみでも,それが認知されないのだとしたら,これほど大きなムダもないように思うからでもあります。


 20200607

「ケーキの切れない非行少年たち」 宮口 幸次 ~第1回~

 

<概要>

 医療少年院での勤務経験に基づく,非行少年の多くに認知機能の障害があるという実態と,既存の認知行動療法の限界を踏まえた更生支援の在り方の提言

 

1)非行少年に共通する6つの特徴

 非行少年には,5+1の共通する特徴が見られる。この特徴は,いじめ被害にあいやすいという特徴でもあり,実際いじめ被害に遭っていることが多い。その被害経験が,「より弱い誰か」を攻撃する行動に結びついている面がある。

 

・認知機能が弱い:特に,見る・聞くに課題がある。いわゆる読み書きそろばんの習得に支障を来し,小2程度から学習困難が起きている。意味理解力が低いため,誤解を生じる他,客観的な自己評価ができない。将来含めた想像力が欠如しているため,努力することが難しい。

・感情統制ができない:認知機能の弱さが,誤解や誤った判断を生む。それが怒りの感情を生む結果になっている。怒りの感情は判断を誤らせるが,イライラしか感情を表現できないため,適切な支援が受けられない。

・融通が利かない:認知機能が弱いため,課題の深掘りができない。結果,課題に対する解決策が短絡的なものになる。すると,盗むといったものも1つの解決策となってしまう。

・対人スキルの乏しさ:認知機能の弱さが,相手の感情を読み取れないことなどにつながり,適切なコミュニケーションを阻害する。結果,嫌なことを断れない,助けを求められないことにつながる。

・不適切な自己評価:他者との比較やコミュニケーションなど適切な関係が出来ていないため,適切な自己評価力を育たない。重大犯罪の場合ですら,自分は普通,自分ややさしいといった自己評価をする。

・身体的不器用さ:認知機能の弱さに始まる各問題が,いじめを受ける原因となっている他,身体的な不器用さもまたいじめを受ける原因となっている。

 

 

<ひと言ポイント>

 認知機能の社会全体での低下

 

 まずお断り,なのですが,本書のタイトルは筆者の主張を反映していないと思います(私の場合,本をネットで買うということはほとんどなく,本書も事前に確認した上で購入しているので良いのですが・・・。もし,私の本の選び方に興味があるようでしたらお問い合わせください)。

 本書は,医療少年院に送り込まれた少年たちの観察に基づく提言であり,著者が開発したと言う認知機能トレーニングをアピールする位置づけにある書です。筆者の観察の結果,認知機能の低さが非行の原因となっている面が強く,認知機能に問題がないことを前提とする既存の行動認知療法のアプローチでは,更生には結びつかないのではないか?と主張されています。

 

 本当に非行に走った少年・少女に共通する特徴なのかどうかは私にはわからないのですが,高齢の方にみられる認知症を考えても,認知機能が低いことがさまざまな課題を引き起こす原因となっているとの見方は,説得力があるように感じます。

 

 するとこの問題,私は放置できないものだと思います。

 社会全体で見たとき,認知機能の低い方は増える傾向にあります。高齢化により,認知症のある方が年々増加しているからです。また,コロナで生まれた非接触の流れが止まらないとすれば,社会全体で,認知機能の低下に拍車がかかるはずです。他者との関係が減ってしまうと,認知機能が育まれること,それを維持することが難しいものになっていくと考えられるからです。それは結果,共通の価値観を失うこと,文化や風土を失うことにもつながっていくと考えられます。

 

 非接触社会の中での接触。非常に大きな課題だと思います。


 20200531

「ビジネスを揺るがす100のリスク」 日経BP総研 編著 ~最終回~

 

<概要>

 日経BP総研研究員とコンサルタントの計80人が抽出した,ビジネスパーソンが注意すべき100のリスク

 

1)AI利用のリスク~リスクの9分類⑧

 AIに限らず,新たなものに対する抵抗は,既得権益の面からも免れない。また,AI自体がさまざまな課題を持っていることも事実だ。学習用データが汚染されればそれは使えず,実際AIに正しいデータを学習させるにあたっては8割がデータのクレンジング作業に費やされる。その他,技術者の不足,APIを公開しないとIoTなどで使えず取り残されるが,それが本業ど真ん中では使いにくい原因の1つにもなる。そもそも「データは誰のものか?」という問題など,法や制度もどんどん変わることも含め,間違いをゼロにはできないという問題もある。さらには悪用という問題も付きまとう。

 

2)リスクをチャンスにするために

 リスクをチャンスにするには,リスクマネジメントよりもアサンプションマネジメントの発想が必要ではないか。アサンプションとは,思い込み,前提,想定,仮定といった意味を持つ。リスクをマネジメントしようとすると,リスクの識別で満足しがちで,リスクを対策を持って受容しようとはせずに回避する方向に動きがちだ。また,大丈夫なはず,という思い込みが,事態を悪化させることにつながる。よって,アサンプションのマネジメントにより,「思い込み,前提,想定,仮定」を,それが正しいのか正しくないのか,判断するというところから思考し,行動していくことが必要になるのではないか。

 

 

<ひと言ポイント>

 思考することのしくみづくり

 

 緊急事態宣言が解除されました。世の中を見ていると,ある程度の人出はあるものの,それでもコロナ前と比較すれば,大幅に外出する人は減っていると感じます。外出する人が減った理由の1つは,やはり在宅勤務の拡大だと思います。

 在宅勤務は,働き方改革の文脈の中でも扱われ,また東京五輪の開催は,実はその推進が1つの理由となっていた面もあったはずです(ロンドン五輪の成果の1つが,在宅勤務が進んだことともされています)。そんな在宅勤務ですが,五輪があろうがなかろうが,今や推進しようとする企業が目白押しです。それはナゼか? さまざまな理由があると思うのですが,ひと言で言えば,「やってみたらできてしまったから」だと思います。もっと言うと,「やってみたら,想定以上に効果的だった」。経験する前は,「こうだからできない,ああだからできない」と,できない理由がたくさんあったはずなのですが。

 

 「できない理由というものは,案外大したことのないものなのかもしれません」とは言いにくいのですが,実際にやってしまった方が早いことはあると思います。ただそれは,考えないことを指していません。実際にやることで明らかにしたかったのは,「できない理由は事実なのか?」をまさに「思考するため」だからです。

 

 本書で提示されるアサンプションマネジメント,つまり,「思い込み,前提,想定,仮定としていることは何か?」を考えることは,行動のきっかけにもなりそうですし,思考するしくみとして使える可能性があると感じます。私たち一人ひとりには,前提としていることがたくさんあると思います。ただ,そこに自覚的でない場合は意外に多いと思うのです。だから,そのトレーニングは,自分のことから始める。そうすることで,ビジネスの場で使える思考力にしていけるのではないか,ということです。


 20200524

「ビジネスを揺るがす100のリスク」 日経BP総研 編著 ~第5回~

 

<概要>

 日経BP総研研究員とコンサルタントの計80人が抽出した,ビジネスパーソンが注意すべき100のリスク

 

1)都市スラム化のリスク~リスクの9分類⑦

 まず,インフラの老朽化はさまざまな問題を引き起こす。これまで当たり前に供給されていた水道,電気,ガス,道路等々では,メンテナンスが行き届いているとは言い難い。また,ヒト・モノ・カネ・情報などのオープン化,新技術の開発,ルール変更,働き方の変革,格差社会といったリスクは,都市の様相を一変させる。オフィスやマンションなどは人気が二分化され,特にオフィスは,1日中利用されるものが生まれる一方で,入居者が現れないものも生まれる。自治体再編で市場が消失し,火葬渋滞や無縁墓化の動きも拡大する。スマートシティ構想などあるが,IoT住宅などは,利用者側も供給者側もそれを使いこなせることが前提だが,それだけの知識・スキルを持ち合わせていないとメンテナンス費用だけがかかる可能性もある。

 

2)コミュニケーション不全のリスク~リスクの9分類⑧

 情報発信の難易度が下がることで,情報洪水状態が生まれている。その結果,検索上位にならないと忘れ去られることになる。特にAIスピーカーは,検索を複数対象の提示から1つのみの提示に変える可能性もある。一旦築かれたイメージは,簡単に崩れることはない。実際には大きく変化しても,いくら計画を提示しても,市場のイメージが変わらないと,売上だけでなく,採用にも影響を及ぼし,また働く社員も変わらない。一方で,誤情報も含めたウワサ程度のものがネット炎上をもたらしたり,火消しに失敗して再炎上したりする可能性もある。テレワークで内部情報の暴露リスクも高まるなどすることも含め,危機管理広報の在り方が問われている。

 

 

<ひと言ポイント>

 新型コロナウイルスの感染拡大が教えてくれるもの

 

 マイクロソフトCEOのサティア・ナデラ氏が,新型コロナウイルスの感染拡大について「2年分のデジタル変革が2カ月で起きた」と語ったとのことですが,それぐらい大きな転換点になっていると,多くの方が感じていると思います。今回取り上げているリスクについても,その多くが現実のものになっている,あるいはなろうとしていますし,それ以上のことが起きているととらえることもできます。

 

 この機に起きた社会の動きに,私には「まさか,これほどとは思っていなかった」と,強い衝撃を受けているものがいくつかあります。その1つは本著で言うところのコミュニケーション不全です。ただ,本著が指摘している個々の事例とは一致していません。それ以前に,正直これほど単純化された言葉のみが,その真意を問わないまま行き交うとは思っていませんでしたし,それら一つひとつの言葉にこれほど振り回される人々がいるとは思っていなかったのです。

 

 たとえば,「新規感染者数」という言葉はまったく正確なものでもありませんし(実際には,その数を集約している国や自治体が新たに把握した感染者の数であり,その日に感染が判明したわけではない),その言葉が示す実態は,情報を深掘りして確認しないとほとんど把握できないほどだった(検査数に対する感染率で確認しないと,増えた・減ったに意味がない),にも関わらず,です。他にも「トイレットペーパーがなくなる」,「誰誰が感染した」などといったデマは,まったく無実の多くの人を傷つけもしました。その一方で,3密を避ける,不要不急の外出を避ける,と言った言葉に,「基準が示されないとわからない」といった声が多く聞かれました。

 

 このような事実から,正直,コミュニケーションの前提にしていることが異なりすぎていたと感じています。私が前提にしていたのは,曖昧なものはそのままにしない,でした。そして,その基本は自分で調べる,確認する,でした。その行動を取らない不利益は,自分が被るというものでした。しかし世の中の前提は,どうやらそうではない。それがわかっただけでも,私にとっては大きな収穫なのですが,みなさんにとってはいかがでしょうか?


 20200517

「ビジネスを揺るがす100のリスク」 日経BP総研 編著 ~第4回~

 

<概要>

 日経BP総研研究員とコンサルタントの計80人が抽出した,ビジネスパーソンが注意すべき100のリスク

 

1)自動運転のリスク~リスクの9分類⑤

 自動運転技術は,産業自体を再定義することになる。新車販売伸びず,駐車場に余剰が生まれる。保険商品は減り,サイバー攻撃などの影響で変化もする。軽量化はさらに進み,メガサプライヤーが台頭,周辺産業が衰退する一方で,送迎渋滞が社会問題化,自動運転排斥運動が起きることも考えられる。

 

2)格差社会のリスク~リスクの9分類⑥

 格差社会の進行はさまざまな数字から見て取れる。格差社会は,平均が意味をなさないことを意味し,また,消費行動が大きく変化することを意味する。所得の伸び悩みは消費欲を減退させ,単独世帯の増加で小口化・時間的分散化・オタク化が進み,情報収集に長けた消費者が生まれる。富裕層も本当の富裕層と消費を抑制する層と2分化する。高齢化で人の活動スピードが遅くなり,移動すらできないと,消費も減退する。インバウンドの拡大は消費を拡大させた一方で,サービスの均質化や外国人排斥の動きも生んでいる。

 

 

<ひと言ポイント>

 自分の中の基準を考える

 

 数回にわたって,「ビジネスを揺るがすリスク」を取り上げているわけですが,これらのリスクはあくまで日経BP総研が考えるリスクです。それをリスクととらえるのかどうかは自分次第です。

 たとえば,今回取り上げている自動運転に関してなら,運転しないから,自分には関係のないリスクととらえることもできます。また同様に,格差社会についても,自分はそもそも富裕層だから,あるいは,貧困層だから,関係ないリスクととらえることもできると思います。ただそれは,自分に関係のないリスクと言うよりは,自分への影響度が大きいリスクか小さいリスクか,ということなのだと思いますが・・・。

 

 ごく小さな影響しかないことも含め,何もかもを自分事と考えたら,それこそ時間がいくらあっても足りないのではないかと私は思います。一方で,「何もかもを自分事と考えたら時間がいくらあっても足りない」というようにとらえられたなら,気づくことがあると思います。それは,「もし今が暇だとしたら,自分事として考えていることが少なすぎる可能性があるのではないか?」ということです。リスクとして取り上げられていることはたくさんあるのですから,本来ならいくらでも考えることがあるはずで。。。

 

 このコロナ騒ぎの外出自粛の中で,家にいる時間が多いという方も多いと思います。そんな時だから,自分への影響が小さいととらえていたことについて,考えてみても良いのではないかと思います。そして,ナゼをそれを自分への影響が小さいととらえていたのかを考えると,自分の基準というものに意識的になっていくのではないかとも思うわけです。


 20200510

「ビジネスを揺るがす100のリスク」 日経BP総研 編著 ~第3回~

 

<概要>

 日経BP総研研究員とコンサルタントの計80人が抽出した,ビジネスパーソンが注意すべき100のリスク

 

1)ESGのリスク~リスクの9分類③

 環境・社会・ガバナンスの新ルールの浸透,常識化により生じるリスクがある。それは,持続可能性に配慮した認証品の争奪戦,水不足と水災害に対する物理的な対応と規制・評判への対応,物流企業による荷主企業の選別リスク,行き場のないプラゴミ,既存建物の解体ピークで発生するアスベスト2028年問題,石油依存社会の変化による地政学リスク,電気両機高止まり,低炭素経済への移行,品質定義の必要性と過剰品質の可能性,働き方改革による見せかけのホワイト企業の発生と下請け企業のブラック化,M&Aの拡大と統合時リスク,対応遅れによる投資引き上げなどだ。 

 

2)人財不足のリスク~リスクの9分類④

 東京五輪は構造的に社員が大量流出するきっかけになりえるように,人財が質量ともに不足していることが大きなリスクになりえる。他には,採用バブルの崩壊でミスマッチ退社や社員のお荷物化の可能性,外部との連携が必要なのにそのノウハウ・スキルがない,高齢化など技術・技能承継ができない,外国人労働者の増加とコミュニケーション不全による労働災害の増加,仕事の消滅と意欲低下,心不全や感染症パンデミックと医療現場の崩壊・事業現場崩壊などが考えられる。

 

 

<ひと言ポイント>

 正しさとは何か?

 

 今回この場で取り上げているのは,他人が予測した100大リスクをまとめた本です。そのような本をみなさんはどのように受け止めるのでしょうか? 私は本書の場合で言えば,「少なくとも,これをリスクととらえている人がいる」というとらえ方をします。

 

 もちろん取り上げられているリスクを,同じようにリスクととらえているものもあります。一方で,まったくリスクとは思えないモノもあります。それは既に「当たり前」になっているからリスクの定義から外れている,という場合もありますし,それがリスクとは思えないという場合もあります。

 

 いずれにしてもその判断基準は,私の中にしかありません。私にとってのリスクが,みなさんのリスクとは限らない。つまり,小中学校の教科のテスト問題で出題されるような問題への正解,つまり,誰にも当てはまるという意味での正しさ,正解はありません。その一方で,私の判断基準に照らし合わせたときに,正しいか,正しくないか,というものはある。

 

 昔,プロ野球の審判に二出川延明さんという方がいらっしゃいました。その方がプレーに対する抗議に「俺がルールブックだ」と言ったとの有名な話があり,名言とも言われています。しかし実際には,抗議に対して「ルールブックにそう書いてある。俺が言っているのだから間違いない」と言ったのだそう。それでも私の,そして,世間一般にとっての正しさは,二出川さんが「俺がルールブックだ,と言った」なのです。正しさとは,そういうものなのではないか,とも私は思います。

 だからこそ,正確性という意味で,正しく伝えられることは正しく伝えるべき,とも思うわけです。


 20200503

「ビジネスを揺るがす100のリスク」 日経BP総研 編著 ~第2回~

 

<概要>

 日経BP総研研究員とコンサルタントの計80人が抽出した,ビジネスパーソンが注意すべき100のリスク

 

1)オープン化のリスク~リスクの9分類①

 人がつながり,自由に行き来できるようになるオープン化による生じるリスクがある。それは,お金・人財の日本素通り,製造業のデジタル化(デジタルトランスフォーメーション)の遅れ,海外進出の進出先ルール変更の影響,サイバー攻撃,マネされる・マネしてしまう可能性と訴訟,GAFAの衰退,GDPRの影響,ネット経済の取り込み遅れなどだ

 

2)ゲームチェンジングテクノロジーのリスク~リスクの9分類②

 競争条件を一変させる新技術の登場には,そのこと自体と周辺に及ぼす影響とにリスクがある。たとえば,宇宙空間の活用技術,GPS代替え技術,電磁パルス,地上の太陽エネルギー,電力地産地消による送電インフラ,超人化技術,スマートドラッグ,フードテックといった技術は,その影響が大きいと想定される。また,そこには予測の誤謬,始めたら止められないなどの問題とも向き合う必要が出てくる。

 

 

<ひと言ポイント>

 

 「当たり前」の教育機会をしっかりとつくる

 

 リスクの影響というものは,前提条件が変われば,大きくなることもあれば小さくなることもあります。たとえば,「そんなの当たり前」という人が増えれば増えるほど,そのリスクの影響は小さくなると想像できます。人には安定志向があり,「当たり前」と思えば,その影響を抑制しようとするはずだからです。

 

 そう考えると人は知らぬ間に少しずつ変化しているし,その変化によって,以前は当たり前だったことがいつの間にか当たり前でなくなっているとも,とらえることができる。それは不要になった,ということなのかもしれないのですが,もしかすると,「リスクとして,マネジメントすべきポイント」なのかもしれません。

 

 「どういうこと?」と思われるかもしれませんので,少し具体例で考えます。

 たとえば,15年ほど前まで,人の移動はこれほど高速ではなかったはずですし,また,これほどの頻度でもなかったと思います。便利になったから利用されるようになっただけで,以前は不便さの中で何らかの工夫をして解決してきたわけです。しかし,便利さにより利用するようになるとそれが当たり前になっていき,特別でなくても利用するようになっていきます。

 そして「ある一定程度の用事」について,移動して解決するのが当たり前となり,工夫をして解決する機会を失っていくわけです。

 

 このように考えると,身につけるべき知識やスキルについて,以前であれば当たり前に身につける機会があったけれど,それが身につけられなくなっている可能性がある。つまり,もしそれが引き続き必要であるなら,あらためて教育の機会を作っていかないと身につけられないということになるはずなのです。

 たとえば電話ができない社会人が増えていると言われています。実際にはできないわけではなく,電話というメディアを使うべき時に使っていないということですが,これをひとり1台端末の影響と考えるのであれば,そして,電話をする能力は今後も必要ととらえるのであれば,あらための教育の機会を作る必要がある,と考えられるのです。


 20200426

「ビジネスを揺るがす100のリスク」 日経BP総研 編著 ~第1回~

 

<概要>

 日経BP総研研究員とコンサルタントの計80人が抽出した,ビジネスパーソンが注意すべき100のリスク

 

1)リスクとは?

 リスクとは不確実性のことだから,実際には悪い面もあれば良い面もある。ドラッカーは「我々が未来について試みうるのは,適切なリスクを探し,時には作り出し,不確実性を利用することだけだ」と,その著書「創造する経営者」の中で記している。つまり,「人や組織が目的を持って行動するときに影響を与えかねない不確実な何か」がリスクだ。またリスクの中には,いつどの程度の規模で起きるかはわからないものの,必ず起きる,必ず影響が出る,と予想されるものもあるのだ。

 

2)10大リスクと9つの分類

 ビジネスパーソンが注意すべき10大リスクは,100のリスクを大きく9つ分類したときの代表例と言える。それは,「ルール急変=オープン化のリスク,開発独裁有意=ゲームチェンジングテクノロジーのリスク,認証品争奪=ESGリスク,社員大流出=人財不足のリスク,新車販売不振=自動運転のリスク,中間層消滅=格差社会のリスク,火葬渋滞=都市のスラム化リスク,存在感ゼロ=コミュニケーション不全のリスク,学習データ汚染=AI利用のリスク,リスクマネジメントの形骸化」だ。

 

 

<ひと言ポイント>

 

 リスクはマネジメント対象

 

 新型コロナウイルス前後の世界は大きく変わる,と多くの方が予想していますし,実際に大きく変わるのだと思います。ただ,新型コロナウイルスの感染流行がなかったとしても,近い将来起きていたこと,つまり,自分たちに何らかの影響を与えると予想されていたことはあります。今回紹介している本が取り上げているリスク群もそのひとつです。ただそれぞれを確認する以前に,「リスクという言葉の定義」を,しっかりと押さえることが大切だと思います。

 

 本書はリスクについて,「人や組織が目的を持って行動するときに影響を与えかねない不確実な何か」と定義していますが,これは非常に腹落ちの良いもののように感じます。この定義であれば,BCP=事業継続計画,や,BCM=事業継続マネジメントにおいて,「リスクはコントロールするものではなく,マネジメントするものであること」と言われることも,理解しやすいと思うからです。

 まず「リスク=不確実な何か」ということならば,コントロール,つまり,制御や統制ができるような代物ではないことがわかります。一方で,リスクはマネジメントすべきものであることは間違いありません。「リスク,つまり不確実な何かを認識したうえで,それが実際に起きたときの被害を最小限に食い止める活動」が,リスクマネジメントです。

 

 言葉の厳密さにこだわる必要はないのかもしれません。しかし,言葉の厳密さを要求される場面もあります。「新型コロナウイルスの感染」というリアルな体験は,厳密な言葉の意味を共通の認識レベルに上げるという意味で利用できる機会ともいえるのではないか,と思います。


 20200419

世界のエリートが学んでいるMBA必読書50冊を1冊にまとめてみた」 永井 孝尚 著 ~最終回~

 

<概要>

 世界のエリートが駆使するビジネスのセオリーを学べる、MBAの必読とも言える50冊とそのポイント

 

1)人の8冊②

「予想どおりに不合理(ダン・アリエリー)」:

 人は決して合理的ではない。規則通りに不合理に考える部分がある。人は,基準があると,基準に沿って判断する。比較するのもそのひとつだし,アンカリングもそのひとつ。また,興奮状態にあるとき,決して合理的とは言えない判断をしがちでもある。

 

「選択の科学(シーナ・アイエンガー)」:

 人は自分で状況をコントロールできないと,ストレスにさらされ,消耗する。それは選択権の大きさではなく,「その権利があると意識できること」が影響するのだ。ただその選択は,社会や文化によって影響を受ける。育った環境で,選択が変わるのだ。選択には代償も伴う点も忘れてはならないし,選択肢が7つ以上あると違いがわからず選べないことも理解する必要がある。

 

「影響力の武器 第三版(ロバート・B・チャルディーニ)」:

 私たちは普段の生活で思考を省略している。それが,相手にYESと言わせる戦術にもなる。その戦術には,「返報性」「一貫性」「社会的証明」「好意」「権威」「希少性」の6つがある。

 

「さあ,才能に目覚めよう(トム・ラス)」:

 強みは「資質・才能×投資」の関係で成立する。つまり,強みに時間をかけるべきなのだ。資質には34の種類があり,そこに優劣はない。本書で紹介されているストレングス・ファインダーを使えば,自分の強みにできる資質を把握することができる。

 

「リーディングスネットワーク論(ミルグラム/コールマン/グラノヴェター)」:

 ソーシャルネットワーク理論の主要な7論文のまとめ。<スモールワールド>:平均5人の仲介で人は結びつく。<ソーシャルキャピタル>:信頼し合う個人が強くつながれた集団は豊かな資源を持つ。<弱いつながりの強さ>:弱いつながりは,仕事の紹介など,新たなアイデアを得るのに向いている。 

 

 

<ひと言ポイント>

 

 自分の想像力を磨くために

 

 「あなたの強みは何ですか?」と聞かれて困ったことはないでしょうか? たとえ「こういう傾向がある」ということは理解していても,「強み」とまで言われると,「それが本当に強みと言えるほどのものなのか」と,自信が持てないという方も多いのではないかと思うのです。

 

 自分ですら自分のことはよくわからないのですから,他者が自分のことを完全に理解することはできないと思います。その一方で,自分ではない他者だからわかる面もあります。よく見られる行動,たとえばクセなどは,当の本人よりも他者の方が気づきやすい。本人はそこに意識的にはなれないからです。そもそも,意識的になれないからクセなわけで。。。

 

 そう考えると,他者と接することで初めて自分を理解できる面があることに気づきます。もっと言ってしまえば,他者は,ただそこに存在するというだけで非常にありがたいものなのだ,ということなのかもしれません。他者の存在があるから,行動面でも思考面でも,それどころか「存在そのものとして」の「自分に気づける」のですから。なんだか哲学チックですが(苦笑)。

 

 コロナウイルスの感染拡大で他者との接触を避けよ,との要請がされています。それが大きな制限であることを,多くの方が実感されていると思います。ただその制限の大きさは,物理的なものだけではないと私は思うのです。だから,恐らくこの体験をリアルにした人としていない人とでは,さまざまな面で違いが生まれると思います。そして,この機会に自覚的になれれば,自分が実際には体験していないことに対して想像力を働かせられることにつなげられるのではないか,とも思うのです。


 20200412

世界のエリートが学んでいるMBA必読書50冊を1冊にまとめてみた」 永井 孝尚 著 ~第10回~

 

<概要>

 世界のエリートが駆使するビジネスのセオリーを学べる、MBAの必読とも言える50冊とそのポイント

 

1)人の8冊①

「人を伸ばす力(エドワード・L・デシ,リチャード・フラスト)」:

 人が行動するには,動機づけが必要だ。動機づけには2種類ある。選択の機会は内発的動機づけを高めるが,そこには自律性と自己有能感が必要だ。一方,報酬・脅し・競争といった外発的動機づけは内発的動機づけを弱める。管理統制が強化されると人は無気力になるから,自律性の支援が重要なのだ。

 

「フロー体験入門(M・チクセントミハイ)」:

 フロー体験とは,あることが泉のように湧き出てくるような状態のこと。そんな時は,あっという間に時間が経ち,自分が強くなったように感じる。フロー体験は,具体的な行動を必要とする明確な目標,行動した結果へのFBがすぐ得られる,自分のレベルと挑戦レベルとが釣り合っているとき,の3条件がそろうとフローが起こりやすくなる。

 

「GIVE&TAKE(アダム・グラント)」:

 人には,テイカー,マッチャー,ギバーの3種類がいる。最も成功するのはギバーだが,成功しないギバーもいるし,ギバーになるにも時間がかかる。成功するギバーはWIN-WIN志向であり,人は自分の貢献を過大評価し,他者の貢献を過小評価することを理解し,行動できるのだ。

 

 

 

<ひと言ポイント>

 

 自分のために知力を振り絞る

 

 新型コロナウイルスの感染拡大は,組織と人が「行動を変えること」を促しています。そして,「WIN-WINとは何か?」を,身をもって知るきっかけを与えてくれてもいる。自分の身を守ることが,社会を守ることにもつながるのですから。

 

 ただそれに対応するだけでは,外発的動機づけに伴う行動に過ぎないのかもしれません。要請されていることをやる,つまり,「外出自粛と言われたから,外出しない」だけでは,自分で考えた行動,内発的な行動とは言えないわけです。繁華街に行かなくなったとしても,「生活必需品の購入だから」と商店街に行き,さらに,長い時間その場に止まるのでは,まったく意味がない。「生活必需品の購入」であっても,他者がなるべくいないタイミングを選んで,頻度を減らして,ということをやる必要があるわけです。

 そう考えると,「家にいろ」と言われるのは,自ら考えることができないから,と言われているようなもので・・・

(それでも,「Stay home」って,飼い犬に向けて言っているかのようで,ちょっと辟易しますが・・・)

 

 

 一方で経営に目を向けると,中小・零細などは,本当に苦しいと思います。自分自身が身をもって感じてもいますが。ただ,こんな時期だからやりたいこともありますし,できることもあるとも感じています。この時期というのは危機ではあるけれど,これは機会に変えることもできる。特に,この感染拡大が収束した後のことは,今考えておかないと,いざその時に行動できるものでもないと思います。

 

 結局,今,目の当たりにするのは,一人ひとりの本性であり,一人ひとりの知性なのかもしれません。そして,こんな時だからこそ,自分のために自分の知力を振り絞ることが,本当に必要なのではないかと思うのです。


 20200405

世界のエリートが学んでいるMBA必読書50冊を1冊にまとめてみた」 永井 孝尚 著 ~第9回~

 

<概要>

 世界のエリートが駆使するビジネスのセオリーを学べる、MBAの必読とも言える50冊とそのポイント

 

1)リーダーシップと組織の11冊③

「巨象も踊る(ルイス・V・ガースナー)」:

 IBMを変革に基づく教訓。「企業文化を変えるには,実行が必要だ。実行するには,実効性の高い戦略が必要である。その戦略としてIBMが決断したのは,分割しない,ムダの徹底的な削減,業務プロセスの作り直し,生産性の低い資産の売却だ。そして,もっとも重要なのは,「自分の言葉で社員に語り続けること」だ。

 

「スターバックス再生物語(ハワード・シュルツ, ジョアンヌ・ゴードン)」:

 スターバックスを低迷から再び成長に回帰させた創業者による改革ストーリー。規律のない成長を戦略とした結果,味が落ち,香り・居住性を含む居心地の良さもなくなった。本質的な価値である「らしさ」を失ったのだ。提供する価値として原点回帰を改革・革新で取り組み,過去の過ちを責めず,戦略・戦術ではなく情熱と考えることから,再生への道は始まった。創業者に改革ができたのは,会社の基盤となる1つのブロックを知っていたからだ。

 

「成功はゴミ箱の中に(レイ・クロック)」:

 マクドナルドのフランチャイズ化の道のり。原則は,「顧客にとって何がベストか」だが,品質の標準化に「ハンバーガー大学」をつくるなど,それは品質との闘いでもあった。そのしくみがあるとき必要なのは,頭脳明晰さや才能よりも,情熱とオペレーションへの集中,やり遂げるだけの信念。それは未熟であるとは,成長できるということでもあるからだ。

 

「幸之助論(ジョンP.コッター)」:

 リーダーシップ論の権威であるコッターが書いた唯一の経営者の伝記。松下幸之助は,病弱な凡人だった。ただ,働く熱意は人並を外れていた。松下電器の苦難の中で,「人は時に弱い本性の奴隷となるが,高い目標を掲げ,毎日考えれば,一歩一歩その目標に近づき幸福になれる」「企業の成長は,市場ではなく経営人材不足で止まる」など,現代リーダーの役割や必要な考えを残した。

 

 

<ひと言ポイント>

 

 目的,目標が先,打ち手や成果は後

 

 今回ご紹介しているいずれの書でも,「実行,行動しない限り,変わらない」と言っています。その一方で,それ以前に,「何が目的か? 何が目標か?」が必要であり,また,「何をやり,何をやらないかを明確にし,やるべきことに集中することが重要」と説いています。

 これは,ビジネスだけでなく,政治,社会など,さまざまな課題に対応していくときでも「同様の原則」ととらえられると思います。

 

 たとえばデータを利用し何かを考えようとするとき,データを分析することから始めようとすると,大概の場合,かけた時間の割に大した成果を出せないという結果になります。先に目的,仮説が必要なのです。データを分析しても,その仮説が支持されない場合もあるのですが,それでもその結論を出すまでの時間は圧倒的に短く済みます。

 もちろん,探索的なアプローチがすべて悪いわけではありません。何もないところでは何も生まないのですから,「アタリをつけること」は重要です。ただそれは,「アタリをつけるという目的に沿ったもの」に過ぎないわけです。

 

 新型コロナウイルスの感染拡大という問題についても,同様に考えていくことができると思います。

 

 この問題について,目的は「対策」です。さまざまな社会的不都合が出ることが予想される中で,何としてもその感染を抑制したい。そして,事前にわかっている事実としてあるのは,「感染症は,密室・密集・密接の環境が感染者集団というクラスターをつくり,その構成員がそれ以外の場に持ち出すことで,その他の方に感染する。それがくり返されることで,感染は拡大していく」という基本的な論理と,感染率にあたるデータです。

 すると,最初期の段階で重要なのは,クラスターをつくらないこと。クラスターが出来てしまったなら,その構成員の行動を抑制すること。そして,その構成員が特定できなくなったら,「誰もが感染者である可能性を前提に,感染症を移さないことを最重要視し行動すること」と,段階によって目標が変化していきます。

 そして今,あくまで最悪の場合とは言え,日本にはすでに60万人の新型コロナウイルスの感染者がいる可能性があるわけですから,「200人と接触すると,そのうちの1人が新型コロナウイルスに感染している」と考えられる。それ以前に,密室・密集・密接の場にいたことのある方は,自分が感染者である可能性も高いと,考えることもできる。

 

 多くの方は,このような「思考」ができると思うのですが,問題は,これを考えられない方にどう伝えるのか? 外出自粛という声がけでは不十分ではないか,そこには「しくみが必要」なのではないか,思うわけです。その意味で,たとえば「自著の外出証明書を都度都度書き起こし,携帯しなければ,強制隔離」のような「面倒くさい行動を促す」と,相応の効果を発揮しそうだ,と私は思うのですが・・・。


 20200329

世界のエリートが学んでいるMBA必読書50冊を1冊にまとめてみた」 永井 孝尚 著 ~第8回~

 

<概要>

 世界のエリートが駆使するビジネスのセオリーを学べる、MBAの必読とも言える50冊とそのポイント

 

1)リーダーシップと組織の11冊②

「ティール組織(フレデリック・ラルー)」:

 組織は「力で支配する,オオカミ集団にたとえられる“衝動型”」「軍隊のような階級制のある“順応型”」「機械にたとえられる,実力と目標管理で運営する“達成型”」「家族のような個々の考えを平等に扱う“多元型”」「互いの信頼と自律の下で動く,生命のような“進化型”」の5段階で進化する。そして,最終段階にまで進化した組織(=ティール組織)だけが,爆発的な成果を出す。

 進化型組織は集団で決めるが,それを導くコーチは必要。チームの最優先は顧客課題の解決で売上目標は持たない。「“①セルフマネジメント”“②全体性重視”“③存在目的”」の3点が存在する。各キーは「①助言のプロセスとその助言への判断への回答の必須化,②人の弱さにも寄り添うこと,③常に存在意義を問うこと」だ。

 

「企業変革力(ジョン・P. コッター)」:

 企業の変革には定石がある。「①「このままじゃダメ」という危機意識を高める→②変革組織をつくる→③ビジョン・戦略の明確化→④変革のビジョンの明確化」を第1段階に,「⑤自発を促す→⑥短期的成果を実現屋→⑦成果を活かして変革推進」の段階を経て,「新しい方法を“企業文化として”定着させる」のだ。

 

「企業文化(E.H. シャイン)」:

 企業文化とは結果だ。行動・考え方・価値観のよりどころではあるが,当たり前になっているものだから,変えるのは非常に難しい。よってそのステップは,「それまでの当たり前の活動を捨てることを目標に,危機感をつくる」,「新しいやり方を上手くやれる人をつくり,手本化し,マネさせる」,「その効果を基に,新しい考え方を取り入れる」の3段階となる。それは,「目に見える手順を変え,戦略・目標に気づかせ,それまでの当たり前の課題に働きかける」ことであり,その学びを拡大再生産することだ。

 

 

<ひと言ポイント>

 

 考え方を変えるのは行動

 

 この年になって,「考えなさい」とよく口にする自分がいることにも気づきます。ただ振り返ってみると,子どものころから「考えろ」とよく言われたよな,とも思いますし,「考えろ」と言われてきたからなのか,考えるとは何かを,ある程度感覚的に知っている自分がいるように思います。ただ冷静にとらえると,「考えろ」と言われても,「考える,とはどういうことなのかがわからない」としたら,考えることはできないかもしれない・・・。

 

 実際「考えるってどういうことだと思う?」と聞いてみると,戸惑われる方が多くいらっしゃいます。そして,「あれこれ空想するようなこと,を,考えること」ととらえている方が多いようにも感じます。

 

 ただ「考える」を辞書で調べると,「あれやこれやと思いをめぐらすこと。その結果を知的に判断すること」あるいは,「新たな工夫をすること」と出てきます。つまり,「対象にすることがらについての答えを出すことを目的に,自分の知っている知識を引っ張り出し,それを組み合わせること」が,「考える」ということ。「考える」とは,自分の知っている知識の組み合わせなのだ,ということです。すると,知識の組み合わせ方のパターンが,「考え方だ」ということになります。

 

 知識の組み合わせ方のパターンには,人の習慣が大きな影響を与えます。そして,習慣を築くのは一つひとつの行動です。だから,考え方を変えるには,行動を見直すことが大切になる・・・。「考え方を変えるには,行動が先だ」という,各書の指摘が理にかなっていることは,思考上でも確認できるよな,と思います。


 20200322

世界のエリートが学んでいるMBA必読書50冊を1冊にまとめてみた」 永井 孝尚 著 ~第7回~

 

<概要>

 世界のエリートが駆使するビジネスのセオリーを学べる、MBAの必読とも言える50冊とそのポイント

 

1)リーダーシップと組織の11冊①

「エクセレント・カンパニー(トム・ピーターズ, ロバート・ウォーターマン)」:

 エクセレントな企業共通する8つの特質。それは「“do it , fix it , try it”に見られる行動の重視」「顧客に密着し,学ぶ」「自主性と起業家精神育成を目的として挑戦の推奨」「人という最大の資産を通じた生産性向上の実行」「核となる信条」「基軸中心の多角化」「マネジメントのスリム化などの単純化」「厳格なマネジメントと自主性の両立するしくみ」だ。

 

「ビジョナリー・カンパニー(ジム・コリンズ)」:

 18のTOP企業に共通する基本原則とパターン。「モノではなく<価値>を提供する組織づくり=自ら時を告げるのではなく,時を刻む時計をつくる」「理念を貫く」「社運を賭けた大胆な目標とその挑戦」「カルトと共通する<理念への熱狂><教化への努力><同質性の追及><エリート主義>の文化化」「試行錯誤の連続」「生え抜きの経営陣」「基本に忠実な経営」

 

「ビジョナリー・カンパニー2(ジム・コリンズ)」:

 ビジョナリーカンパニーになるための方法。「何をすべきか,ではなく,誰を選ぶか,から始める=適切な人材が宝」「現場の意見をしっかり聞くしくみをつくる」「これをやると決め,徹底的にトライ&エラーをくり返すハリネズミ戦略をとる」「人ではなく,しくみを管理するシステムをつくる」「劇的な転換を待てるシステムをつくる」

 

「日本の優秀企業研究(新原 浩朗)」:

 良い日本企業の条件。「わからないことをやらない。そのための自社のマネジメント・オペレーション・サポートの徹底理解」「自分の頭で考え抜く」「「客観化」「正しい危機感の醸成」「身の丈に合った成長と事業リスクの直視」「<社会>という企業文化醸成」「熱中できる仕事づくり」

 

 

 

<ひと言ポイント>

 

 健全な危機感

 

 新型コロナウイルスの感染拡大は,多くの人々,そして企業に,大きな危機感を抱かせたのではないか,と思います。たとえば,訪日客頼みの内需の醸成は,それが止まった瞬間の大きな課題を明らかにしたように。

 そして,同様のことは今後も起こりえるわけですから,「万が一が起きたらどうするのか?」,つまり,企業の場合なら「BCP=事業継続計画」を真剣に考える必要があることに気づかせたのではないか,と思います。

 

 実は2019年の通常国会で可決・成立した,いわゆる「中小企業強靭化法」では,国が中小企業のBCPを認定する制度などを盛り込んでいるなど,BCPに関する意識を高めようとする努力はされてきたのではないか,とも思います。ただ,いくら「BCPは大切ですよ」と叫んでみても,実際の事が起こらないと,なかなか想像もできず,後まわしにしがちなのもまた人間。この機会をしっかりと,有効なものにしていきたいものだ,と思います。

 

 ちなみに,BCPを考えるときその基本となるのは,「自分たちのビジネスがどのようなビジネス」で,「一体何がリスクになる得るのか」を「検討する」ことです。その検討は,可視化されたビジネスモデルとビジネスプロセスとを土台に進めるのが基本。そうでないと,洗い出すリスクにヌケモレが生じる可能性があるからです。

 

 もし仮に,今回のコロナウイルスの感染拡大による打ち手が考えられていなかった,とするなら,リスクの洗い出しモレの可能性がありますし,そもそものビジネスモデルとビジネスプロセスの把握不足の可能性もあります。「その可能性はないのか?」と,現実を直視することから,BCPは始まるのではないか,と思います。

 

 ところで,ビジネスモデルとビジネスプロセスは,それぞれビジネスのWhatとHowのことを指していると言えば,何となくは伝わるかな,と思うのですが,どうなんでしょう??? このビジネスモデルとビジネスプロセスも,しっかりと理解したいものなのですが・・・。


 20200315

世界のエリートが学んでいるMBA必読書50冊を1冊にまとめてみた」 永井 孝尚 著 ~第6回~

 

<概要>

 世界のエリートが駆使するビジネスのセオリーを学べる、MBAの必読とも言える50冊とそのポイント

 

1)マーケティングの5冊

「ブランド優位の戦略(デービッド・A・アーカー)」:

 ブランドは,ヒト・モノ・カネ同様企業の資産だ。その価値を高めるには,まずは製品・組織・人・シンボルの4つのうち,どれでブランド・アイデンティティを得たいのか意思を持つこと。その上で,機能・情緒・自己表現のいずれかで顧客の便益を具体化することが必要だ。

 

「価格の掟(ハーマン・サイモン)」:

 価格とは価値だ。だから,一度高価格戦略か,低価格戦略か,を選択したら,途中変更はできない。価格戦略では,行動経済学の考え方が役に立つ。たとえば損する痛みは得する痛みより大きいというプロスペクト理論の利用,プラシーボ効果の応用として価格を品質と結びつけて考えさせる,基準があるとそれをベースに考えるというアンカーの利用などだ。

 

「フリー(クリス・アンダーソン)」:

 無料ビジネスが拡大するのは,無料が出費の痛みを取り除き,多数が使うネットワーク効果を持ち,提供側も限界費用が極小化できたからだ。そこで儲けるには,「無料で広げ別有料版で稼ぐ」「広告で稼ぐ」「ヘビーユーザーなどのプレミアム顧客に負担いただく」「社会貢献事業として行う」の4つのモデルが考えられる。

 

「パーミッション・マーケティング(セス・ゴーディン)」:

 これからのマーケティングは狩猟型ではなく農耕型に近い。手順を踏み,顧客の信頼を得ることが結果,売上・利益につながるのだ。その手順・段階には,瞬間的な関係の段階,ブランドの信用段階,パーソナルな関係ができた段階,ポイント収集などの段階,顧客の代わりに意思決定できる段階の5段階がある。

 

「戦略販売(R・B・ミラー)」:

 法人セールスは,セールスファネル型=漏斗型で,案件管理すべきだ。「市場から見込み顧客化し(=ファネルの中に入れ),案件化の可能性を見極め,バイヤーに根回しし,契約締結する」という一連のファネルの中を常に満たすこと。逆に不足している工程に手を打つべき。ファネルの中では,バイヤーをエコノミック,ユーザー,テクニカル,コーチの4つの役割で評価すること。バイヤーに成長志向があるかトラブルを抱えていれば案件化可能性が高く,平静期や自信過剰期ではその可能性は低い。

 

 

<ひと言ポイント>

 

 2020年3月,今が準備のチャンスである

 

 WHOが「パンデミックとみなせる」と表現したり,複数の国などが「非常事態宣言」を出したりするなど,2020年3月の時点を「平時」と言う人は,小学生,中学生を含めて,ほとんどいないのではないでしょうか。株式市場の乱高下などを典型とした社会の動揺も拡大しているとも思います。

 

 ただ,だからこそ,私はチャンスだとも思うのです。その理由は,本書が紹介する「戦略販売」が,もっとも端的に指摘しています。「バイヤー(顧客)が,平静期や自信過剰期にあるとき,案件化の可能性は低い」と。誰もが平時ではない,と考えるのですから,顧客との関係がつくれていれば,今こそ案件化のチャンスなわけです。

 

 もっとも,今の段階で優先度の高い問題は,当座の資金繰り等が中心です。よって,業界で言えば,「金融機関や投資家」に,そのチャンスがあるということになる。「平時に利益を出せる企業か否か」の見極めが済んでいれば,電話一本で契約が決められる可能性すらある。それぐらい融資,投資という点では絶好のチャンスなわけです。他にも,今すぐ必要とされるものについては,テレワークや遠隔対応用のインフラやサービスなどなど,たくさんあると思います。

 

 今後求められるようになるものもある,と私は思います。そして,その準備が出来ている者にとっては,これほど大きなチャンスというものもめったにない,とも言えるのかもしれません。


20200308

世界のエリートが学んでいるMBA必読書50冊を1冊にまとめてみた」 永井 孝尚 著 ~第5回~

 

<概要>

 世界のエリートが駆使するビジネスのセオリーを学べる、MBAの必読とも言える50冊とそのポイント

 

1)「起業」と「新規事業」の10冊(2)

「ゼロ・トゥ・ワン(ピーター・ティール,ブレイク・マスターズ)」:

 世の中には2種類の進化がある。それは,1をnにするものと,0から1を生むものだ。後者を実現した企業は,「賛成する人のほとんどいない真実」を共有する少人数で始めている。その上で独自技術・ネットワーク効果の利用・規模の経済の追及・強いブランドのいずれかを利用しているのだ。

 

「【新版】ブルー・オーシャン戦略(W.チャン・キム ,レネ・モボルニュ)」:

 同業の一般的な戦略を知り,そのうち「増・減・除去・創造」の視点でアクションを考えること。特に創造は,顧客の視点で価値を考え,戦略とする。結果,これまでの非顧客の顧客化となり,ライバルと競争しない状態がつくれるのだ。

 

「ブルー・オーシャン・シフト(W.チャン・キム ,レネ・モボルニュ)」:

 反対者は必ず出る。納得しておらず,十分動機づけされていないからだ。だから,「細かく具体的な作業にして進める,実感させる,自分の意見が採用された感をつくる」が重要なのだ。

 

「発想する会社!(ジョナサン・リットマン,トムケリー)」:

 顧客は何が悪いのか,を上手く説明できない。だから,具体化して試すのが有効なのだ。その手順は「顧客の困りごとの発見→困りごとの発生する実際の使用法の確認→アイデアベースの解決法づくり→プロトタイプによる確認」となる。そして,「量は質を生む」ことを,忘れてはならない。

 

「MAKERS(クリス・アンダーソン)」:

 3Dプリンターは複雑なものの少量生産を可能にした。クラウドファンディングは資金調達と顧客づくりの問題を解決した。実はこれが,デジタルなものづくりというものなのだ。

 

 

<ひと言ポイント>

 

 自分の変化の見える化

 

 大リーグでも活躍したイチローさんを知らない人はいないと思います。では,彼を説明するとしたら,どのように説明するでしょうか? 多くの方は,彼の成績や発言を説明するのではないか,と思います。一方で,彼の時系列での取り組みを説明する人は,それほど多くはないように思います。

 

 彼の時系列での取り組みが端的に表れているのが,その打撃フォームです。実際に見ればわかるのですが,日本にいた頃と大リーグに移籍後と,そのフォームはまったく違います。それどころか,大リーグ時代でも,日本からの移籍直後とその後とでは,毎年のように変わっている。つまり,彼の実績の背景には,彼の変化の取り組みがあるわけです。

 

 

 私たちは誰もが成長欲求を持っている。少しずつでも,より多くの収入を得たいと思っている。

 けれど,仮にそれまで実績を残してきたとしても,変える努力をしなければ,その夢は叶わない。イチローさんほどの人でも,それ以前と同等の成績を残すために,あるいはそれ以上の成績を残すために,毎年毎年少しずつでも変える努力をしてきたのです。いわゆる普通の人であれば,少しずつでも自らの行動を変えなければ,より多くの収入を得ることなどできるはずがない,と思うのです。

 

 私は,イチローさんをこう説明したいと思います。「類稀な成績を残したベースボールプレイヤーで,常に,環境や自分の体の変化に適応する努力をし続けた人。それを,打撃フォームの変化という形で実際に見せ,<変える努力とはどういうことか>を見える形で示したばかりか,成績という形でその努力の成果を示した人。そして,多くの人に,変化を恐れない勇気を与えた人だ」と。


 20200301

世界のエリートが学んでいるMBA必読書50冊を1冊にまとめてみた」 永井 孝尚 著 ~第4回~

 

<概要>

 世界のエリートが駆使するビジネスのセオリーを学べる、MBAの必読とも言える50冊とそのポイント

 

1)「起業」と「新規事業」の10冊(1)

「企業家とは何か(J.A.シュンペーター)」:

 経済発展の原動力はイノベーションだ。そして,イノベーションとは,既存知と既存知新しい組み合わせだ。そこに5つのパターンがあり,商品づくり,生産方法づくり,組織づくり,市場づくり,供給源発見がある。

 

「アントレプレナーの教科書(スティーブン・G.ブランク)」:

 製品開発に「コンセプトづくり→開発→機能テスト→販売」のモデルがあるように,顧客開発のモデルがある。アントレプレナーがすべきはこの顧客開発で,初期段階は「顧客発見と実証」が必要だ。課題を抱え,解決の期限があり,お金に惜しまない顧客が見つかることが大切だ。

 

「リーン・スタートアップ(エリック・リース)」:

 スタートアップ企業に必要なのは,<実用上最小限の機能を持った製品=MVP>をつくり,検証すること。つまり,MVPを基にした学びのサイクルを早く回すことが大切だ。

 

「トヨタ生産方式(大野耐一)」:

 効率化に必要なのは,ムダの徹底撲滅だ。ムダとは付加価値を生まないすべてのことを言う。最悪はつくりすぎのムダだから,「ジャストインタイム」が必要なのだ。そのために必要なのが本当に必要なものを見える化した「かんばん方式」。それに気づくのが「自働化」であり,それを可能にするのが原因追及のための「5回のなぜ」なのだ。

 

「アダプト思考(ティム・ハーフォード)」:

 環境に適合することが必要だ。そのためには,新しいことを試し,小さな失敗にとどまるようにし,失敗は失敗として認めそこから対策を建てることを学ぶことが必要なのだ。

 

 

<ひと言ポイント>

 

 感情と行動と

 

 「事業をするとはどういうことか?」

 ひと言で答えるなら,「行動すること」と言えるのかもしれません。頭の中でどんなに考えても,それがどんなに素晴らしいものだったとしても,考えただけで何かが変わることはないからです。そして,本書が紹介している各書が共通して伝えているのは,「行動するときの,その行動の仕方」。

 

 行動するには,勇気がいります。それなりにうまくいってきた過去がある場合は,特に難しいかもしれない。「このままではダメだ」とは思っていても,「このままよりも,さらに悪くなる可能性」を考えてしまうものだとも思うのです。

多くの方がわかっちゃいるのだと思うのです。でも,具体的な行動に結びつけられない人も多い。

 

 さまざまな本が伝えること,あるいは,各種のイベントが伝えること,は,成功の確率を上げられる方法だと思うのです。でも,より重要なのは,「勇気を与える言葉」なのではないか,とも思うのです。「あなたなら大丈夫だ」との言葉であったり,「今のママで間違ってない」との言葉であったり,「今,それが起きているということは,この段階だ」というと提示するものであったり。

名著と呼ばれるものの条件とは,そういうものなのかもしれないなと思うのです。


 20200223

世界のエリートが学んでいるMBA必読書50冊を1冊にまとめてみた」 永井 孝尚 著 ~第3回~

 

<概要>

 世界のエリートが駆使するビジネスのセオリーを学べる、MBAの必読とも言える50冊とそのポイント

 

1)「顧客」と「イノベーション」の6冊

「顧客ロイヤルティのマネジメント(フレデリック・F・ライクヘルド)」:

 顧客には,見込み客,新規顧客,得意客がいる。得意客が多い,つまり,顧客のロイヤルティ(忠誠度)が高まり,「顧客維持率」が高まれば,顧客最大価値が高まるのだ。そして,顧客満足を高めるには社員ロイヤルティを高める必要があることも忘れてはならない。

 

「ネット・プロモーター経営(フレデリック・F・ライクヘルド)」:

 顧客満足度調査で聞くべき唯一の質問は,「当社を友人や同僚に進める可能性は0~10段階でどの程度か?」だ。9・10以外は他者を連れては来ないレベルだ。

 

「キャズムVer.2(ジェフリー・ムーア)」:

 テクノロジーにはライフサイクルがある。イノベーター,アーリー・アドプターに続き,アーリー・マジョリティが購入するようにならないと,テクノロジーはそれ以上普及しない。ただ前者と後者とは考え方や行動が正反対。その間には「キャズム」があるのだ。キャズムを越えるには,「ホールプロダクト」と「他のアーリー・マジョリティの事例」が必要だ。

 

「イノベーションのジレンマ(クレイトン・クリステンセン)」:

 技術には持続的技術と破壊的技術とがある。リーダー企業は,持続的技術を進歩させ,商品の高性能化をはかるが,それを打ち破るのが破壊的技術だ。コンパクトカメラとスマホカメラとの関係が,その良い事例だ。

 

「イノベーションへの解(クレイトン・クリステンセン)」:

 破壊的技術には,ローエンド型破壊と新市場型破壊とがある。前者はただ安ければ良い人々。後者は今の無消費者。ニーズはあるが,スキルやカネの問題で解決策がないから,性能が低くても買う,その商品は高度な技術を使いつつも基本的にシンプルで,それを新しい販売チャネルで買い,それまでと違う場で利用する。

 

「ジョブ理論(クレイトン・クリステンセン)」:

 ジョブ理論とは,「どんな<ジョブ>を片づけたくて,その商品・サービスを<雇用>するのか」を問い続けるという考え方だ。<ジョブ>はニーズとは異なり,既に顕在化しているやらねばならないこと,だ。その<ジョブ>を解決でき,より顧客の手間を取り除ければ<雇用>されるのだ。

 

 

<ひと言ポイント>

 

  今,来店する顧客のリアルに気づく

 

 ウィルス感染不安は,人の行動に影響を与えています。少なくとも,不要不急の外出は控える傾向が強まっている。

 ただそんなタイミングだからこそ,考えたいことがあると思うのです。

 

 その1つは,自分や自社が提供しているもので,「顧客が出向かなくても提供できる商品・サービスは何か」,「どうすれば顧客が出向かなくても提供できる商品・サービスにできるか」ということ。それこそ今の社会が要請していると考えることができるからです。陳腐ではありますが,たとえばECやテレワークなどは,今の社会の要請に応えるもの,と言えるのだと思います。

 

 一方で確認したい事実もある。それは,「それでも外出する人はいる」ということ。何らかの理由があれば,人は外に出るということです。これは間違いなくチャンスのはずです。

 

 そこで考えたいのは,たとえば「今,来店する顧客は,ナゼ,来店してくれるのか?」ということ。

 さまざまな理由が考えられるとは思うのですが,「こんな時だからこそ来る顧客」というのは,ロイヤルティの高い顧客である,あるいは,そういった顧客にできる可能性が高い,と考えることができるのではないか? 

 だととすれば,「ナゼ,来るのか?」を徹底的にうかがいたい。それがわかれば,「次にまた来てくれるような」施策も考えられるわけです。

 「1カ月以内に来てくれたら○%特別にoffする」などという施策も,「ただ,こんな状況だから」だけではなく,「話を聞けた」ことを理由とする施策としてだったら,将来的にも非常に有効なものにできるのではないか,とも思います。


 20200216

世界のエリートが学んでいるMBA必読書50冊を1冊にまとめてみた」 永井 孝尚 著 ~第2回~

 

<概要>

 世界のエリートが駆使するビジネスのセオリーを学べる、MBAの必読とも言える50冊とそのポイント

 

1)戦略の10冊②

「ゲーム理論で勝つ経営(A.ブランデンバーガー)」:

 ビジネスは,戦争というよりはゲーム。原則は,「価値を創るときは相手と協調,その価値を切り分けるときは相手と競争する」こと。そのゲームはプレイヤー・付加価値・ルール・戦術・範囲の5要素で構成され,プレイヤーは自社を中心に顧客・供給者・競争相手・補完的生産者の5種類がいる。ゲームのルールを知れば,強みが活かしやすい。

 

「コア・コンピタンス経営(ゲイリー・ハメル/C.K.プラハラード):

 コア・コンピタンスとは,自社しか持たない強みのこと。そして,コア・コンピタンスとは,「コア技術」×「顧客の利益」と表現できる。これを見抜き磨き上げるのが成功のカギだ。

 

「企業戦略論(ジェイ・B・バーニー)」:

 企業の業績は,その経営資源で決まる。それがRBV(Resource Based Value)の考え方だ。経営資源がその企業の強みになりえる。そして,真の強みには,VRIO(価値・希少性・マネしにくさ・組織的なしくみ)がある。

 

「ダイナミック・ケイパビリティ戦略(デビッド・J・ティース)」:

 経営資源を正しく認識し,動的に組み直すという考え方が「ダイナミック・ケイパビリティ」だ。「感知する→捕捉する→変革する」の順に,その能力を発揮すれば,新たな強みをつくれる。

 

「知識創造企業(野中郁次郎/竹内弘高)」:

 現代は「知識」が,その企業の競争力を左右する。これを組織的に生み出すのが「SECIモデル」だ。暗黙知を創造する共同化,暗黙知を形式知化する表出化,それを組み合わせ知識体系化する連結化,その学びを暗黙知として拡散する内面化の段階をぐるぐる回り,知識が創造される。議論の目的も,知識の創造だ。

 

 

<ひと言ポイント>

 

 OutputがInputを育てる

 

 自分が学んだことを確実なものにしていく方法はいくつかあると思います。

正解が1つに決まるような問題,たとえば,高校までに学ぶ,テストで出題される英数国理社のような領域の問題であれば,練習問題をたくさん解くというのも,その方法のひとつでしょう。

 

 「教える」というのも,またひとつの方法です。

 ただ,「誰かに教えること」のそもそもの目的は,「教えたことを相手が理解する」こと。よって,仮に「自分にとっては,自分の学びを確実にすることが教える目的」であったとしても,相手がわかるように説明することが,「教えるという手段を取る以上は必要」になるわけです。

 

 さて,「教える」という場合,相手は理解度もそれぞれ異なるでしょうから,通り一遍の説明で理解できるとは限りません。つまり,同じことでも,さまざまな方法で説明できることが必要になるわけです。時に,以前学習したはずのことを理解できているか確認したり,切り口を変えたり,たとえ話を出したり,理解が中途半端と思われる点について質問したり・・・。

 

 「文章にする」というのも,「教える」の,ひとつの形だと思います。

 ただ文章は,対話のように相手の様子を見ながら言葉を重ねていくことはできません。よって「誰に書いているのか」をある程度特定して,書き進めることになるわけです。また,文章である以上,「文章として成立していること」が必要になることも,忘れてはならないポイントです。対話のようには誤魔化せない。だから,対話で教える以上に難しい面もある。。。(もちろん,対話には,別の難しさがあることをお忘れなく)

 

 いずれに方法にも共通しているのは,Outputです。つまり,Outputが,Inputを確実なものになるよう促している。逆に言えば,Outputしたことのないものは,Inputが完了しているとは言えないのかもしれませんし,Outputが不足しているのなら,Outputの努力をする必要がある,ということになるかと思うわけです。


20200209

世界のエリートが学んでいるMBA必読書50冊を1冊にまとめてみた」 永井 孝尚 著 ~第1回~

 

<概要>

 世界のエリートが駆使するビジネスのセオリーを学べる、MBAの必読とも言える50冊とそのポイント

 

1)戦略の10冊①

「競争の戦略(M.E.ポーター)」:

 同業者・売り手・買い手・代替品・新規参入者の5つの力で競争状態をとらえる。ただし,基本戦略としては,コストリーダーシップ戦略・差別化戦略・集中戦略の3つの方法しかない。

 

「競争戦略論Ⅰ(M.E.ポーター)」:

 戦略でまず考えるべきは,「何をやらないか」。その上で,「やること=活動」を密接に近づければ,マネされやすい単独活動ではなく,圧倒的な強みである「活動システム」となる。

 

「戦略サファリ第2版(ヘンリー・ミンツバーグ)」:

 考え抜いた「計画的な戦略」を,試行錯誤による学びを通じた「創発戦略」により進化させること。これが戦略の本質だ。

 

「競争優位の終焉(リタ・マグレイス)」:

 競争優位が持続する時代は終わった。一時的な競争優位を獲得し続けることが必要になったのだ。常に変化し続けること,予兆をつかみ撤退判断をすること,資源配分を見直し効率化すること,イノベーションに習熟することが大切。また,競争優位は崩れることを前提に,問題を発見,80点主義で速さを重視,予測ではなく仮説に基づき動く,という考え方に変えること。また,個人への影響を考えることも必要だ。

 

「良い戦略,悪い戦略(リチャード・P・ルメルト)」:

 良い戦略はシンプルで,明確な行動指針が含まれている。逆に悪い戦略は,中身がない,重大な問題点を無視している,希望・願望と戦略の取り違え,単なる寄せ集め,などの特徴が見られる。

 

 

<ひと言ポイント>

 

 学ぶ前の学び

 

 活字離れ,が叫ばれて久しくなっています。論の根拠として,書籍の売上の激減,街中の書店の激減などが上げられるようです。しかし,本当にそうなのか? 発行される書籍は,実は増えていると言われていますし,インターネットなどを考えると,文章による情報量は圧倒的に増えている,と思うのです。また,画像系SNSや動画サイトの隆盛などを考えても,情報の伝達手段は,過去と比べて圧倒的に増えている,とも思います。つまり,情報は増えているし,情報を受け取る手段も増えている,ということ。

 

 これだけ情報が増え,その手段が増えると,困ることが出てきます。それは,「何を,どのような手段で学べば良いのか」ということです。「本を読め」とは,よく言われることではあるのですが,「何を読んだらいいの?」というようなことになってしまいがちですし,書店自体が減っているのですから,実際手に取って,パラパラと感触を得るといったこともしにくい。

 

 そんな悩みを解決する方法のひとつが,本書のようなタイプの書籍や情報の利用だ,と思います。「読む前に読む」とでも言えばよいかもしれません。

 

 ただし,注意点があります。そのひとつは,本書を読んだからと言って,取り上げられている50冊のすべてがわかるわけではない,ということ。本書の著者のフィルターを通した解釈が含まれていますし,その性質上,各著が提示しているすべての要素を取り上げているわけでもないからです。他にも,要点だけに絞っていますから,事前の知識がないとわかりにくい部分もあるはずです。

 だから,本書を読んで興味を持った書籍があるなら,原典にあたるその書籍自体を読むことが大切になるわけです。そもそも目的は,「何を読んだらいいの?」という悩みの解決だったわけですし・・・ね。